戦友を勧誘
無敗の死神にして嫌われ者であるクルックス。格闘技界を去ると宣言すれば誰もが喜ぶであろうと思っていた。
ただ、味方サイドからは猛反対をうけている。味方サイドというのはタダカズという東の国出身のセコンドのことである。
「唐突に何ぬかすんじゃコラ!!お前が辞めて食っていけなくなったらどうするんだ!!俺が!!」
「いや自分の心配かい…。なんなら君も俺と仕事してみるか?」
クルックスは呆れながらも勧誘を試みている。デビュー前からの付き合いである彼には悪いことをしたと心の中では思っていたためである。もっとも、世渡り上手な彼が食いっぱぐれる心配など無いとは思っているのだが。
「なぁに言ってんだこの脳筋ムッツリマッチョメン!!このへなちょこもやしボディの俺がボディガードなんてできるわきゃあねえだろうがいっっ!!」
「脳筋とかマッチョメンは良いとして、ムッツリは聞き捨てならんな。」
「じゃドスケベ?や~いドスケベチャンピオン~!!」
「首もぎ取るぞお前。」
「すみませんでした。」
首に手をかけられたタダカズはスンッと真面目な顔に戻り、速攻で謝罪した。無論本気でそんなことはされぬであろうが表情があまり表に出ないクルックスの冗談は、長く共にいるタダカズですら恐ろしいのだとか。
「話を戻すが、お前さん、銃は得意だっただろ?俺には到底扱えないものだから、案外役に立つかもしれないぞ。」
「ふっ、自慢じゃあないが、ちょっとした大会で優勝したりしてるぜ!人は俺をこう呼ぶ!東から来たシモ・ヘイヘってな!!」
「へえ。で、どうする?受けるか?」
「俺の唯一の自慢を軽く流すんじゃねええええよおおお!!」
怒るタダカズに失笑するクルックス。
タダカズは軽くため息をつき、こう返した。
「実銃で人を撃つのは御免だね。お前が喧嘩で人を殴りたくないように、俺だって射撃は競技として楽しみたいんでな。」
「ああ、その点に関しては大丈夫だ。雇い主のアルデバランっていう爺さんがね…何者かは知らないけど特殊な麻酔銃を持っていてね。よほど変なところに当てない限りは殺傷する心配はないそうな。」
アルデバランという名を口にした瞬間タダカズの顔色が変わった。
先刻まで淡々と聞いていたが目に興味という名の光が灯ったようである。
「アルデバランって言ったか?燕尾服にループタイをして、髪を後ろで束ねているイケおじか?!」
「よく知ってるな、まさにその人だよ。だけど厳密には彼は話を持ち掛けた人で、護るべき主は…」
言い終える前にタダカズの絶叫が響く
「ポーラちゃああああああああああああん!!!」
「うるさい。」
クルックスが軽くどつく。タダカズはスミマセンと一言言って落ち着く。
「もっと早く言ってくれよ!推しのボディガードなんて最高じゃねえか!やるやる!ていうか命差し出すわ!へははは!!」
この変わりようである。対面したクルックス自身とすれば、ポラリスという少女のどこに惹かれるのかが正直理解できなかった。
「なぁ、タダカズはあの子がどんな子か知ってるのか?俺にはクソ生意気で陰気な子に見えたけど。初対面とか最悪だったぞ。」
怒られるのを覚悟で正直に言ってみたが、タダカズはいたって冷静だった。
その表情は「そんなことは知っている」とでも言わんばかりであった。
「お前も知ってるだろうが、最初からあーじゃなかったって話は聞いたよ。幼少期に両親を亡くし、目の光を失ったら無理もねえさ。それでも人前に出て歌を披露してくれるのはそれだけ歌に思い入れがあったからだと思う。ま、最近は悲しい曲ばかりだけどな!俺はそれでも大好きだけどね!んひひひ」
タダカズの言う通りであった。「歌はパパとママが唯一ほめてくれた」という言葉を確かに言っていた。歌とはおそらく、ポラリスの中では大事な繋がりでもあるのだろう。
「君の言うとおりだタダカズ。あの子にとって歌は特別なものらしい。だからこそ俺たちがあの子を襲う危険から護らないとな。事情はどうあれ、いけ好かないのは変わらんがね。しかし両親からほめられた・・・か。ほめられるってどんな感覚なんだろうな?俺にはそんな経験がないからね。」
「お前も大概ひどい目にあってるもんなぁ…俺がほめてやろうか?クルちゃんは強くてハンサムでいい子でちゅよ~って!」
「うわ、今までの人生で一番悪寒がした。これがほめられるってことなら二度と御免だ。次やったら喉潰す。」
「冗談に決まってんだろ!!こんなもん真に受けるなよ堅物めぇ…。まぁ人生はなげえんだ、いつかお前を心からほめてくれる人は出てくるはずさ。」
そんな日が来るといいなと願いながらクルックスは頷いた。
こうして相棒の説得も成功したクルックス。
願わくば何も起こらないことを願いながらその日を待つのであった。
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「不愉快極まるわね、クルッテル?だったかしら。人の過去にずけずけと。」
美しい緑髪を指でいじりながら悪態をつくポラリス
そんな彼女をなだめるアルデバラン
「クルックス殿ですよ。これから貴女を命がけで護るお方の名前くらい覚えてあげてください。」
「あいにくと、まだアレを認めたわけじゃないの!大体小娘って何よ!そんなチビに見えた!?失礼しちゃうわ!」
「やれやれ…あの方は信用に足る人材ですよ。おそらく私の知る人間の誰よりも強く、そして優しい、そんなお方です。」
「ずいぶん買ってるみたいじゃない。何を根拠にそんなことが言えるのよ。」
「リング上で戦う彼は、相手を壊さないように最小限の攻撃でKOしていました。倒れた相手にも無駄な追い打ちは一切していませんし、現に彼を相手にして重傷を負ったり再起不能になった選手はいないようですよ。あの団体は荒くれた猛者の多い所、時には死亡者も出ると聞いています。そんな過酷極まる中加減など到底できたものではないと思いませんか?」
「…ただの腕に自信ある荒くれものなら躊躇いなく相手を壊してるかもね。そういえば人を殴るのが嫌いだけど、その道しかなかったって言ってたわね。訳アリってのは知ってるけど、やっぱりまだ気に入らないわ!」
「まあまあ、今はお試しってことで我慢なさってください。昨今はきな臭い噂が絶えない、少々嫌な予感がするので用心するに越したことはないんです。」
「そこまで言うなら我慢するけど…。アル爺の勘は、あてになるからね。」
「恐縮です。」
クルックスを気に入らないとしながらも、アルデバランに対しては一定の信頼を置いているようだ。
「此度の公演も貴女を心待ちにする方は大勢いますよ。聞くところによると、クルックス殿のセコンドの方も大ファンとか。」
「辛気臭い歌ばかり歌っているというのにありがたいことね。どんなに辛くても歌だけは止めない。パパやママのためにもね。」
アルデバランは「そうですね」と肯定し、彼女の両親の写真へ目をやる
楽しく、明るい、喜びに満ちた歌も歌えるようになりますように
アルデバランは彼らに願うように心でそう祈った。




