輝かないエメラルド
「御覧の通り、盲目よ。それが何?」
輝きを失ったエメラルドのような目を不快そうに細めてその少女は言った
しかしその目は確実にクルックスの顔へと向いていた。
「ポラリス様、あまりお客人にそのような態度をとるものではありませんよ。」
アルデバランが穏やかな口調で咎める。クルックスはいやいやと気にしない様子であったがポラリスと呼ばれる少女は続けて言う。
「あなたが勝手に連れてきたんでしょう?何の意図があって連れてきたのかわからないけど、知らない人を家に入れないでほしいものだわ。」
開けていた眼を閉じてポラリスはそう言う。アルデバランは困ったように笑っている。歓迎されないことは慣れっこのクルックスもこの状況には困惑している。
「理由ならありますとも、彼には貴女のボディガードになっていただこうと思いまして…」
「「…は?」」
アルデバランの発言に二人とも同じ反応をする。ポラリスのほうは眉をしかめ不快そうに、クルックスのほうはというと
「…なるほど、負けを許されないってのはそういうことか。」
と納得した様子のようだ
だが、解せないこともいくつかある
「俺の腕に目をつけてボディガードにってのはわかります。けど、俺はただの格闘家であってその道のプロではない。役に立つとは思えませんがね。それに、俺がどういう人間かもわからないでしょう?ろくでもない人間かもしれないとは思わないのですか?」
「思いませんとも。こんな老骨ですが、人を見る目はあるのですよ。クルックス様が本気を全く出せていないことも、数多の技の数々を致命傷にならないように加減してるところも、どんなに嫌われようと対戦相手に敬意を払い歩み寄るところも、私は知っているのです。」
驚くことにクルックスの人となりを理解しているどころか、試合や試合外のところまでも知っているようだ。クルックスは驚きはしたが、それ以上に自分という人間を理解してくれた数少ない人間と出会えたことに喜びを感じていた。
「俺が戦ってきたのは拳しかないから、ファイトマネーのためだから…それがすべてだった。そこにやりがいや楽しさなどなく、惰性のような日々だった。」
アルデバランは頷きながら聞いている。ポラリスの方は心底興味なさそうではあるが。クルックスは続けて言う。
「それを変えられるのであればその負けを許されない戦い、興じてみたいと思います。人から必要とされるっていうのは悪い気はしませんし。」
アルデバランは笑みを浮かべ喜んだ、その様子にずっと仏頂面だったクルックスも自然と笑みがこぼれる。ただ一人を除いては。
「必要ないんでおかえりいただいて。誰も必要ない。もう何もかもどうだっていいの。」
どうにも投げやりな態度に疑問と少々の不快感を覚えるクルックスだったが、アルデバランだけは先ほどの笑顔とはうって変わり、悲しげな表情を浮かべた。だが、クルックスを雇うという決断は曲げる様子はないようだ。
「それはなりません。貴女のご両親にはすべてを託されました。貴女まで失っては私は…」
「その話は金輪際しないで!!!」
言い終えるより先にポラリスの怒りが遮った。透き通った奇麗な声だが心には鋭利な針のように刺さった。先ほどまで消え入るような声だったから気付かなかったが、クルックスは思い出した。
「その声はまさか…俺が疎かったとはいえ、気付くのが遅すぎたようですね。ポラリスさんって有名な歌姫ですよね?いやはや、テレビなど普段観ないものですから失敬。」
クルックスにはタダカズという専属のセコンドがいる、そんな彼が推している歌姫というのがまさしくポラリスだったのだ。ことあるごとに曲や公演の様子を聴かされていたが、音楽にさして興味のなかったクルックスは軽くあしらってしまっていたようだ。それに「ポーラ」という愛称で呼んでいたのもあって気付くのに遅れてしまったらしい。
「ええそうよ、有名で落ち目、悲しい歌しか歌えなくなった役立たずよ。私のこの目と同じでね。」
どこまでも暗く光を失ったその目はさらに影を落としたように見える。
他者を受け付けない冷たい目、何もかもに絶望したかのような目。
どんなことがあったのかは大体察せるがとても聞き出せそうにはなさそうだ。
「元気な貴女を待ち望んでいる者は大勢いらっしゃいますよ。人生を捨て鉢にはさせません。この身命に変えても…ね。」
ポラリスは「あぁそう。」とだけ言うと顔をそらし、星一つ見えぬ窓の外に目をやった。アルデバランの忠義も北極星の凍り付いた心には響かないようだ。
「何があったのかはわかりませんが、人生は辛いこともありますし、ポラリスさんにはまだ未来があります。俺でよければ力になりますから、もう少し頑張ってみませんか?」
「知ったような口を聞かないで。どうしても力になりたいならその自慢の拳とやらで私の人生を終わらせてよ。」
窓の外に目を向けて振り向きもせずそう言い放つポラリスに珍しくアルデバランが声を荒げる。
「なんてことを言うのですか!あなたのご両親が…アルカ様とミザール様が悲しまれます。二度とそんなことは言わないでください!」
答える声はなく、しばらく沈黙が走った。
先に声を発したのはクルックスであった。真っすぐ彼女の後姿を見つめながら、口を開いた。その瞳には小さな怒りが灯っている
「あいにくと、誰かを殺めたいから強くなったわけではありません。お断りします。無礼には無礼で返させてもらいます。…思い上がるなよ小娘。誰だって辛いこと、苦しいことを抱えながら生きてるんだ。自分だけが辛いなどと考えるな。アルデバラン殿だって俺だってほかの人々だってそうだ、毎日が喜びに満ちている人間などそうはいない。俺は好きで格闘家になったわけじゃない。その道しか用意されなかったから仕方なくそう生きてきた…人を殴って蹴って、それで金を得るなど今でも反吐が出そうで、だけどそれしか教えられなかった、そんな人生だったんだよ。君はどうなんだ?そんな親の元に生まれてきたのか?歌なんか嫌いで歌っているのか?」
最初は静かに、段々と声を荒げ、クルックスが言葉を紡いでいく。ポラリスも驚いたようで、目こそ閉じたままである者の口をポカンと開け振り向いている。が、すぐに言い返す
「な、なによ急に…お説教ならもっとお断りよ!歌は好きでやってること!パパとママが唯一ほめてくれた大事なもの!だから辛いとも感じなかったし、毎日練習だってしてきた!断じて嫌々やってるわけじゃない!でももう二人とも…あ。」
憶測が確信に変わった、彼女の両親はどんな形かは知らぬが故人であるようだ。クルックスは黙って聞いた。
「もうどうだっていいの、一番歌ってあげたい人達はもういない。この目だってね、もう何も見たくないと念じ続けてたら本当に見えなくなっちゃったの。おかしいでしょ?それでも持ち前の聴力で生活には困らなかった。けど私の景色は暗く閉ざされたまま。何が楽しくて生きてるのって感じでしょ?この先どう生きていいか…何もかも怖くて、拒絶したい、私の心は今それだけよ。」
クルックスの勢いに気圧されてか負けじとポラリスも思いの丈を打ち明ける。
黙って無表情で聞いてたクルックスが優しく微笑み言う
「楽しみも、生き方も、自分で探すものです。あなたにはアルデバラン殿がいます。友達だってきっといるでしょう?自分だけでは無理でもきっとそれができるはずです。俺にはそういったものが無かった…気兼ねなく話せる人間など姉くらいなものでしたよ。」
ハハと苦笑いしながら話すクルックス、それを聞いたポラリスは少々ばつが悪そうだ。
「後ろばかり見ずに、前を向きましょうよ。俺もそうあれるように頑張りますから…ね?」
目線をポラリスに合わせるように跪くクルックス。ポラリスはいっしゅんたじろぐが顔があるであろう場所へ腕を伸ばす。
「あだだだ!?!?」
「ほんっとに不快だわ、雇い主を小娘扱いとはいい度胸ね。でもまぁ、あなたを認めたわけじゃないけどお試し期間ってことで働いてもらおうかしら?」
頬を引っ張られながらも少しは認めてもらえたようでクルックスとアルデバランは顔を見合わせて思わず吹き出した。
「常勝不敗の死神に痛いといわせるとはやりますねポラリスさんは。いや、呼び方も変えるべきですね…よろしくお願いします、ポラリス様。」
「あ・く・ま・で!お試しだからね!役に立たなかったらリングにのしつけて送り返してやるわよ!ええと、クックルー?」
「クルックスです。」
なんとも恐ろしい脅しを受けたがどうやら採用されたようだ。
二人のやり取りを見ていたアルデバランも安堵している。
「では次の公演にて、クルックス様には初仕事をお任せします。お給金はこのように…。」
手際よくペンと契約書を持ってくるアルデバラン。契約書に目を通すクルックス。怪しげな文言は無いが、給与の欄を見て思わず心の声が漏れた。
「え?ファイトマネーよりずっと高いんですけど・・・。」
「そうですとも、命がけのお仕事なのですから…」
当然と言わんばかりのアルデバランを尻目に、クルックスは試合中ほとんどかかない冷や汗を流した。
だいぶ間が空きましたが執筆していきます
ただの自己満足なので生暖かい目で見守ってください




