評価で1:1
こうなると騒動が鎮火しても、彼らのことが気になる私とA。サイレントで見守ることにした。2人して複垢マンに夢中である。
Aが絡まれる以前も監視中も、複垢マンはそこここで揉め事を起こしているようだった。いなごに似ていると思った。私は田んぼ側の人々に同情した。田んぼが疲弊していることは外からでもよく分かった。
どこで起こす揉め事も、一貫して複垢マンの〈私の考える最強の文学作品〉というものが発端らしかった。
そして2つのアカウントないしそれ以上のアカウントで相手に突撃する。理想の押し付けだ。
複垢マンは最近のなろう小説の傾向が許せないらしく、異世界ハーレム物には特に酷い嫌悪感を示した。
自分より高評価の作品も嫌悪した。
●味噌汁花子●が●まったり権兵衛●に書く感想も●まったり権兵衛●が●味噌汁花子●に書く感想も、いつも決まっていた。
「あなたの作品は所謂普通のなろう作品とは一線を画している」
「文学的に認められるのはこういう作品」
「書籍化されている作品よりいいもの書くなよw」
「なろうの読者レベルに合わせた、レベルの低い作品を書かないと評価されない」
「あなたはなろうより公募に行くべき」
書籍化されている他者の作品がいかにダメか、それを評価している読者はいかにレベルが低いか。
これをなろうで言うのだから驚きである。
小説家になろうの公募に作品を送りつけておいてこう言うのだ。
「まっ、いずれ私は誌面に行くし。なろうは本気じゃないんで」
この態度は●味噌汁花子●にも●まったり権兵衛●にも見られた。
そうこうしているうちに●まったり権兵衛●が退会した。改めて見ると、一時よりも複垢マンの周囲はすっきりしたものになっていた。
そりゃそうだ。周りにあれだけ突撃しまくっていたのだから、まともな人は残らない。
「遂にまた1人取り巻き減ったで」
私は性格が悪い。●味噌汁花子●と並んでよく出現していた●まったり権兵衛●の退会にほくそ笑んだ。
その次に●味噌汁花子●が●くらげ●にアカウント名を変更した。idはそのままで、名前のみの変更である。
●くらげ●の名前で去ったはずだった●まったり権兵衛●の作品を投稿し始める。
●くらげ●「名前を昔の作中人物からとって●くらげ●に変えました。●まったり権兵衛●の代理投稿も始めます。お騒がせしてすみませんでした。」
「完全に消えへんのかい!」とは思ったが、別に個人の自由なので静かに見守り続けることにした。
ある日●くらげ●は活動報告で、評価点数が1:1を付けられたことに憤っていた。私はこの界隈のことをよく知らない。今回の騒動が起こるまで、自分がなろうに登録していたことすら忘れていた。どういうことかAに聞いた。
「内容と文章でそれぞれ5点満点で評価する。誰かが1:1を付けたら平均点が下がる」
確かに複垢マンは点数制度を意識している。●味噌汁花子●だった頃から他者が高得点を取るたびに憤っていた。
自分の文章に誇りを持っていた。何を言っているのか理解できなかったが、複垢マンは自分に「村上春樹の生き霊が憑いている」というようなことを言っていた。
興味が湧いた。
既存のなろう小説を否定し、ストイックに数字に拘る複垢マン。自分が低得点を取るはずがないと言い切る。
そもそも私は複垢マンの人柄に惚れてここまでついてきただけであって、複垢マンの作品をきちんと読んだことがなかった。ここまで言うのであれば真剣に読んでみようと思った。
私は読書をしない。しかし自分の考えというものは持っているし、面白いと思う感情はある。
所謂なろう系の作品が覇権を握ろうが、純文学が盛り返そうが、面白ければええと思う。印象派の次にキュビスムが登場してきたように、既存の表現を打ち消すものがどの分野でも現れて当然だと思う。
所謂なろう小説を終わらせる才能を●くらげ●は持っているのかもしれない。わくわくしながら読んだ。
結果、私にとっては足りなかった。1:1を入れた。別の作品も読んだ。足りない。1:1を入れた。
面白がっていないか?と問われれば違うとは言い切れない。私は元々複垢マンの人間性に魅了された人間である。しかし、ピカソやブラックを期待しているのもまた本当である。
Aからは俺tueeeネットの存在を教えられた。自分の作品を誰が評価したか分かるサイトであるらしい。
「また面倒になるんじゃわ〜」
複垢マンの粘着力が如何程のものか、2人ともよく知っている。確かに面倒臭そうだ。
しかしこちらは何も悪いことはしていない。読んで、自分の思う正当な評価を下しているに過ぎない。
私は1:1を入れた。