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霊色の兄妹   作者: 樹木
妹スイッチ
9/9

兄の苦労は止まらない

 次の日、約束の昼休みになり校門前に行くとまだ華太郎さんは来ていないようでしばらく待つことにした。連絡先も聞いていなかったので遅れるのかもしくは本当に来るのか怪しいが僕は来ることを祈って待つことしかできないので華太郎さんが来るまで大人しくしていた。もし来なかったらどうするか考えたが顔と心臓部の色は覚えているので最悪大学内を探し回り色だけ借りようと思う。そうすればもれなく変態の烙印を押されるが未夢の安全を守れるなら安いものだし、そうなってもただ周りから奇異の目で見られるだけで昔に戻るだけなので僕自身に対してはそんなに痛手ではない。話し合いで済めば一番楽だがもしもの時の事も考えていて損はないだろうし今やれるのはそれぐらいなので悪いことは無い。だがこれ以上そんな事は考えなくてよさそうだ。華太郎さんが校舎からこちらに向かって歩いてくるのが見え僕の方からも近づき目の前に華太郎さんを捉えた。

「こんにちは、華太郎さん。よかった来てもらえて来なかったらどうしようかと思ったよ。」

「こんにちは、桜庭君本当は来たくなかったけど変な事されても困るから来たのよ。」

「おかげで強制手段にでないですんだよ華太郎さん。」

「…隠さないのね、まあいいけど。それで話って何かしら?」

「それだけど…何から話せばいいか。とりあえず目的から話すと妹に危害を加えようとしている奴を殺そうと思ってるんだ。昨日見せたからわかると思うけど昨日のようなやつで殺すつもり。」

「いい病院を紹介するわ。そこで中二病を治してもらった方がいいわよ。」

「部長と同じようなことを…。」

 昨日目の前で力を使ったし少しは信じてもらえるかと思ったがサラリと痛い人を見る目で病院まで紹介された。これで信じてもらえたら楽なんだがそんなに甘くないのか華太郎さんは目を細め冷たい視線を浴びせて警戒されているのがひしひしと伝わってくる。どうしたものかこのまま強引に話を進めても恐らく警戒を強めるだけで協力してもらうのは無理だろう。昨日は部長の説得に今日は初対面の女性の説得と2日連続で面倒くさいこと続きで嫌になるがこれも未夢の安全のためがんばるしかない。僕はすでに警戒心が強まっている華太郎さんにどこか取り付く島がないか探りを入れていった。

「そう思うよね、でも僕にとって一大事なんだ。少しだけ話を聞いてくれないかな華太郎さん。」

「桜庭君がヤンデレシスコンなのはわかったからそれで話は終わりでだめかしら?」

「その通りなんだけど話はそこで終わりじゃなくてむしろそんなのは序の口にすぎないんだ華太郎さん。」

「それを認めるのもどうかと思うけど今までのが序の口って…正直これ以上クラスメイトの変態性を聞きたくないのだけど…。」

「クラスメイト…?あれ?華太郎なんて名前の人いたかな…?」

「昨日も行ったけどクラスメイトの顔と名前は覚えたほうがいいわよ。ちなみに華太郎は偽名だから。」

「ごめんなさい。」

 どうやら昨日教えてもらった名前は偽名だったらしく本当は僕のクラスメイトのようだが、彼女の顔に見覚えがないし何ならクラスメイト全員の顔と名前が思い出せない。クラスメイトと言っても僕にとってはただの色の集まりだし、様々な色が有象無象に存在する場所なんて吐き気と目眩がする。だから僕は人混みや教室などの狭い場所に人が集まる場所は嫌いでクラスメイトの顔や名前を覚える気なんて初めから無かった。そのせいで目の前の彼女の名前も知らず簡単に騙されてしまった。

「改めて名前を聞いても良いかな?」

「変態にあまり名乗りたくないけど…どうせすぐわかることだし仕方ないわね。私は『花道 椿』覚えなくていいわ。」

「椿さんかよろしく、それでだけど…」

「その前に一ついいかしら?」

「どうぞ。」

「軽いノリね…昨日あの男達に桜庭君は何をしたの?急に顔が青ざめて普通の様子には見えなかったわ。特に何かしたわけでもないのにあんな風になるなんておかしいわ。」

「あ~…説明してもいいけどそれだと少し長くなるけど、それを説明しないと話が進まないしな…。この後講義残ってる?無かったら部室で話したいんだけど。」

「今日は午前だけだから残ってないわ。部室って言ってたけど桜庭君と密室で二人きりになるのは嫌よ。」

「大丈夫、一つ上の部長もいるから。あ、部長は女性だから問題ないと思うよ。」

「そう、ならまずはよかったわ。」

 椿さんから昨日男子生徒にしたことを聞かれたが当然の疑問か、目の前で急に蹲ったり吐いたりしているのを見たら不気味だし気になるだろう。取り付く島を探していたら彼女の方からきてくれたのはいい流れだったが、いきなり核心部分を説明しないといけないのが難点だ。さっきも言ったが痛い人認定されているのに僕だけで説明しても説得力は無いだろうし信じてもらえないだろう。だから部長を使って第3者がいる状況で説明すれば僕一人で説明するよりも説得力もあるだろうし信憑性も少しは上がるだろう。それでもダメな場合は…。そんなことを考えつつ僕と椿さんは僕の案内のもと部室へ場所を移動した。部室までのそんなに遠くないのだが道中無言で椿さんからの視線が得体のしれないものを観察しているような目で常に警戒しているせいで何とも居心地が悪かった。そんな苦しい中部室につくとノックをし先に中へ入り椿さんを招き入れた。

「昨日の今日でよく来れたな桜庭。」

「部長ちょっと部室借りますね。椿さんこっちの椅子に座って。」

「失礼します。」

「んん?おい女を連れ込んで桜庭ナニをする気だ?昨日みたいにセクハラする気か?」

「失礼しました。」

「椿さんちょっと待って、部長変なこと言わないでください。昨日の事はどうでもいいじゃないですか。僕はもう忘れましたよ。」

 部長の余計な一言のせいで部室から出ていこうとする椿さんを呼び止め、昨日の件をまだ根に持っている部長に気を使い忘れたことを伝えたら部長からヘッドロックを喰らわされた。どこで習ったのか部長のヘッドロックは綺麗に決まり簡単に抜け出せないようしっかり頭を固定され側頭部を締め付けてきた。

「忘れただと?人様の胸を触っておいて一晩で忘れましただ?遠回しに魅力がないって言われている気がしてムカつく!」

「痛い痛い痛い部長ギブ…ギブです…。頭が…頭が割れる…。」

「妹の事しか詰まっていない頭なんか潰れて新しい頭に変えてもらえ!」

「いたたたた…!待って下さい本当にヤバいですって…あ、吐きそう。」

「きたねえな。」

 あまりにも理不尽な理由でヘッドロックを決められ、あまりの痛みのせいで吐きそうになったら汚いと言われて解放された。何だろうかこの肉体的にも精神的にもくる痛みは…しばらく僕は頭の痛みと心の痛みのせいで床にうずくまっていた。部長は八つ当たりを終えるとイスに座って事の成り行きを高みの見物をしていた椿さんの前に座り観察するように眺めていた。

「そういえば名前を聞いていなかったな、私は星川 柚子だお前は?」

「私は花道 椿です。そこの変た…桜庭君のクラスメイトです。」

「そうか、あの変態のクラスメイトか…、悪いことは言わないあいつとは関わるな。あいつは人の胸を触って気に入らない感触だったらすぐ忘れて他の女を連れ込む最低のクズ野郎だ。」

「やっぱり最低な人だったのね。昨日から桜庭君の株が大暴落してるのだけどこれ以上落ちるか逆に気になってきたわ。」

「ちなみに私の中ではもう桜庭の株は消滅している。あるのは変態ランクだけだ。」

「じゃあ私も桜庭君の株を消滅させようかしら。」

「いっつつ…、ちょっと人の悪口で仲良くなろうとしないでください。部長も変にねつ造した情報を吹き込まないでもらえますか。」

 痛みでうずくまっている間部長と椿さんは僕の悪口で意気投合しそうだったので痛みが引かないまま二人の会話に割って入った。部長からの評価はともかく、今椿さんから評価や信頼を得られないのは非常に不味いのでこれ以上部長から変な情報を言われる前に話の本題に入ることにした。

「話の本題に戻っていいかな、とりあえず椿さんに昨日の事を説明すると…。」

「部長さんの胸を触ったことへの弁論かしら?」

「そんなどうでもいいことはいいから、昨日校門で…」

「おい、どうでもいいこととは何だ?返答によってはわかってるだろうな。」

「そうよ、女性の胸を触っておいてどうでもいいで済ませるのはどうかと思うわ。」

「どんだけ昨日の件根に持ってるんですか…。すいませんでした、部長の胸は大きくて柔らかいハリのある健康的な胸でした。それで昨日校門でやったことだけど…」

「最低だこの男!適当なこと言ってうやむやにしようとしている!」

「桜庭君…今のは無いわ。」

「………はぁ~。」

 全然話が進まない。ことあるごとに昨日の事を絡めて話を折ってくる。そんなに胸を触られたことが嫌だったのか?僕は未夢以外の身体なんて興味も無いのに、実際昨日も部長の胸を触っても興奮はしなかったし未夢の胸を触った方が数倍興奮する。それなのにネチネチ引きずられて正直鬱陶しい。胸の一つや二つ何だというのだ、未夢だったら喜んで触らせてくれるし何ならそれ以上のことをしても笑って許してくれるというのにこの人は…、少しは未夢を見習ってほしいものだ。そんな考えが顔に出てしまったのか部長と椿さんからさらに罵倒罵声がとんできた。

「今こいつ絶対妹なら許してくれるのにうるさい女だなって思ったぞ!」

「いや…そんなことは少ししか思ってませんよ。」

「ほら見ろ!大体なんでお前は胸を触っておいてそんな平然としてるんだ!少しは思い出して赤面してみろよ!」

「いやだって興味ないですし。それに未夢の方が好みなので思い出すなら未夢の胸の感触を思い出だしますよ。」

「クズな発言ね。女としてのプライドを粉々にされて流石に部長さんがかわいそうよ。」

「部長の胸を触って興奮してないのにこんなネチネチ言われるのも何か腑に落ちないと思って。」

「妹さんにしか興奮できないせいで部長さんのナイスバディを蔑ろにするなんて…筋金入りのシスコンなのね。巻き込み事故にあった部長さんが可哀そうよ。」

「うぅ…桜庭のバーカ!アホー!お前なんかもう知らん!妹と勝手に近親相姦でもなんでもやってればいいだろー!」

 部長は涙目になりながら睨みつけて言ってきたと思ったら走り去るように部室から出ていってしまった。部長の奇行にしばらくお互い言葉が見つからず部室には静寂が訪れた。あんな部長を見たのは初めてで無駄な動作がなく俊敏に駆け抜ける様につい驚愕していたら、半目でゴミを見るような目になっている椿さんから冷たい言葉がとんできた。

「かわいい悪口だったわね。大人の女性って感じだったけど可愛いところもあったのね。どう思うシスコンの桜庭君。」

「あんな俊敏に動けるんだね部長って。」

「変なところに感心しないで追いかけなくていいの?」

「いいよ、どこに行ったか分からないし追いかけてもきっとまた逃げられるだけだから。」

「冷たいのね。私はシスコンで変態な桜庭君と密室で二人っきりの状況が嫌なんだけど。」

「困ったな…話の本題に入るとき部長がいてくれた方が説明が楽だったのに。」

「どんな状況でもブレないのね…。一ついいかしら、桜庭君と部長さんってどういう関係なの?」

「どういう関係か…、うーん…利用しあってる関係かな。互いの利益の為に一緒に行動してるっていうかこき使いあってる。」

「それは素敵な関係ね。もしかして私もその中に入るのかしら?」

「無理強いはできないけど入ってほしいな。」

 僕と部長は互いの利害一致の為に一緒にいる、それ以上でもそれ以下もないのがお互いにベストな関係だ。僕は自分の能力の研究、部長は僕の手伝いをしてくれているように見えるが部長にも何か他の目的があってそれに僕の能力が使えるか品定めをしていると思う。互いの目的のため、ただそれだけのために僕と部長は一緒にいる。そして今回椿さんにお願いしたいのは端的に言えば僕と部長の関係のように利用し合う仲になってほしいのだ。さっきの椿さんの質問は本題を聞いたら僕たちの仲間にならないといけない、それよりも気がついたら仲間にされているなんて事になってしまうのではと勘づいたから聞いてきたのだろう。

「とりあえず話だけは聞くわ。それからは聞いた後に考えることにするわ。」

「ありがとう、話だけでも聞いてもらえてうれしいよ。じゃあ昨日の男たちにしたことだけど、その前に少し僕について話すことになるんだけど。」

「長くてもいいから話す以上包み隠さず話して頂戴ね。」

「…わかった。」

 こうして椿さんに僕の事を話すことになるが下手な嘘は彼女には通じないだろう。本当はこっちから必要以上なことは話したくなかったが、下手にオブラートに包みながら話をしても納得はしないだろうし話す前に包み隠さず話すようにと釘を刺されてしまった。こうなった以上は手先だけの誤魔化しは説得の妨げになるから彼女の言う通り包み隠さず話をしていこう。そのうえでこちらに協力してくれるなら部長と同じくらい使える人材が増えるのでマイナスに考えず突っ込んでいった。

「僕は他人の『色』が見えるんだ。その人が今どんな感情でいるのか、嘘をついてるのか顔色だけでなくその人からでている『色』でわかる。他に、その人の本質も心臓部の色でおおよそどんな人なのかも判るんだ。」

「桜庭君の前ではペルソナも演技も関係ないのね。相手を丸裸にするなんて悪趣味ね。」

「嘘をついても演じていても本当かどうかはすぐわかるから悪趣味な能力だと自覚してる。それでここからが昨日の事と関係してくるけど、僕は心臓部の色を好きな色に上塗りすることができる。昨日の男子生徒にしたのはこれで『黒』を上塗りしたんだ。そうするとどうなるかはわかるよね。」

「気分不良を引き起こす…というよりもっとひどい状態にするのかしら。」

「うん、気分不良というより自殺願望を強めたり、植え付けたりできる。だから昨日の男子生徒たちは死にたいって恐怖からああなったんだよ。」

「自殺願望を植え付ける…。」

「それでここからが僕の話したいことで僕にとっての本題なんだけどいいかな?」

「ええ、聞かせてもらえるかしら。」

 ここまでで椿さんから何も言われないところを見ると僕の話を信じてくれているとみていいかもしれない。とんでもない話について来られていなくて何も言えないというわけではないみたいだった。話を聞いている最中色が動揺したり不審に思っての変化などは無く、ずっと『グレー』のままで見ていたこっちが不気味に思うほど安定していた。ハッキリ言って彼女の感情や心情は読めないし見えない。だけどここでやめるわけにもいかないので僕はそのまま本題に入っていった。

「僕はこの能力で妹をイジメている危険人物を殺そうと思ってる。そのためには多くの『黒』色が必要なんだけど僕だけで用意できたのはほんの少量だけだった。」

「だから私からその黒色を提供してほしいって話かしら?」

「察しが良くて助かったよ、その通りです。僕は君の『黒』色が欲しい、そのためならなんでもするつもりだよ。」

「黒色ね…、私は人殺しができる色を持っているのね。」

「そうなるね。改めて言うけど僕は君のその『黒』色が欲しい、それのためなら何でもする。」

「そう…。」

 椿さんは一言呟くと何か思い悩むように視線を下げ自分の手を見ていた。彼女の手には何も握られてなく手のひらを見つめている。そして、そこで初めて彼女の色に変化が訪れた。今まで『グレー』でいたのが静かに周りの色が少しずつ少しずつ僕の欲しい『黒』に変わってきた。人殺しができる色を持っているという事実を知らされていい気分になるとは思えないし落ち込んでも仕方ないと思うが、彼女の周りの色は今なお変わっていき周りの色が全て『黒』になっても変化は止まらない。黒はさらに深みを増していき『漆黒』とも言うべき色に姿をかえていった。心臓部の色でもないのにハッキリとわかるほどの色の濃さ、さらには深みのある『漆黒』が目の前に現れた。この時僕は彼女の精神状態の心配よりも目の前に現れた色に見惚れていた。いつの間にか視線だけでなく顔も下を向いていた椿さんからの声を聞き色から目を話すことが出来た。

「ねえ、私はいま…何色?」

「…黒だよ。椿さんの髪の毛と一緒の深い黒色。」

「そうなのね…、さっき桜庭君自分で黒を集めたと言っていたけどあなたも黒なの?」

「僕も黒だけど椿さんみたいに綺麗な黒じゃない、とっても汚い手についたらベットリ付くようなヘドロみたいな色だよ。」

「最後に一ついいかしら…?」

「この際出しなんでも答えるよ。最初に包み隠さず話せって言われたしね。」

「そうだったわね…、桜庭君は死ぬことに対してどう思ってる?」

「なんだそんな事か、死ぬことに対しては怖くないよ。自傷もしているし自殺未遂もしたことがある。ずっと前から『生きたい』って思えないんだよ。生きるより死ぬことに対しての方が前向きになれる。」

「…同じね。生きるのに執着できない生き物として致命的な欠陥をもっている。俗に言う狂ってる人、狂人っていうのかしらね。」

「僕はもう壊れているから。未夢さえ守れれば狂人でもなんでもいいよ。」

「変態さんね。」

 椿さんは顔を上げずずっと下を向いて話してきたので表情は見えなかったが、彼女の声は消え入りそうで生気が感じられない無機質なものに思えた。でもそんな言葉でも彼女はハッキリといった事がある。「…同じね。」ほかの言葉からは何も感じなかったがこの言葉からは彼女の思いなのか悲しみを感じた。同じ、僕の死に対しての考えと同じだというなら彼女はとっくに生きるのを諦めてしまうほどの何かがあったんだろう。僕にとってのどれはこの色の目だが今は彼女の過去を詮索しているほど余裕は無いし、そんな事より未夢の方が大事だ。話した後もずっと下を向いたまま動く気配がない彼女に僕は申し訳ないが返答を急いだ。

「椿さん、協力してくれるかな?」

「協力をすれば桜庭君は何でもしてくれるのよね…。」

「美夕のためだからね、何でもするよ。椿さんの出す条件を僕は拒めないし拒むつもりはないよ。」

「…そうよね、なら一つだけ条件を付けていいかしら。」

「どうぞ。」

 もともと椿さんから出される条件を僕の方から拒むことなんてできなかった。お願いしている立場上どんな条件でも飲むしかないし、何をさせられてもするしかないのだ。だから端からなんでもするという投げやりにも似た覚悟で話し合いをしていたのだが彼女から出てきた条件は僕が想定していたものを超えやってきた。椿さんはゆっくり頭を上げ目にかかった前髪を気にする様子もなく、生気を感じさせなくなった目で僕の目を捉えながらその条件とやらを言った

「私の恋人になって。」

「うん、いいy…は?恋人?」

「そう、恋人。」

「ん?んん?んんん?え、それが条件?なんの得にもならないと思うけど本当にいいの?」

「ええ、構わないわ。恋人になる、それが私からの条件よ。」

「あ…はい。」

 恋人になって欲しい、突拍子の無い条件に思わず気の抜けた返事しか返せなかった。こんなのを恋人にして生じる得なんてあるのかわからない、そもそもなんでさっきの話の流れから恋人云々になるのか、彼女の考えが全く分からない。予想外すぎることに言葉が詰まっていると彼女の方からさらに訳の分からないものを投げられた。

「よかった、これで恋人同士ね。これからよろしくね、とーる君。」

「う、うん。よろしく椿さん…でいいのかな…。」

「あってるわよ、だって恋人同士なんだもの。」

「あの…なんで条件が恋人になることなのか教えてもらってもいいですか…?」

「あ、もうこんな時間。ごめんなさい今から何かの用事だから先に失礼するわね。」

「あ!ちょっと!せめてもっとましな嘘をつけ!」

 数年ぶりに声を荒げた気がする…、僕の声など気にしないとばかりにさっそうと部室から出ていってしまった椿さんの後姿を見ながら僕は椅子に倒れこむように思いっきり座った。一体何がどうしてあんな条件を出してきたんだ…。同じ考えをしている人がいて嬉しくて言った?同じクラスだったから一目惚れした?目に見える関係を作って簡単に裏切れないようにするため?昨日みたいに男に絡まれるから男除けのため?ダメだ全然わからない。昨日今日となんでこんな訳の分からない事ばかりおきるんだ…。だけど、これで黒色の獲得は出来たし目的は達成したが…腑に落ちない事ばかり続いているせいで全く達成感は無い。とりあえず今日はもう帰って大人しく休むことにしよう。大きなため息を部室に残して僕は重たい頭と足を動かしアパートへ帰っていった。



 言っちゃった…言ってしまった…。本当はあんな弱みに付け込んで言うはずじゃなかったのに…あれじゃあ断れないのをいいようにただの酷い女だ…。でもしょうがないではないか、何でもすると言ったのは向こうなんだから。私はただそれに乗っかって条件をいっただけで何も悪いことはしていない。うん…悪いことはしていない…ごめんなさい。でも明日からどうしよう勢い余って恋人なんていったけどどんな顔していいかわからない…。

「はぁ~…私なにやってんだろう…。」

 私はあの天文学部の部室を出てからすぐに駆け出しまばらだったが廊下や広間には学生が見えたが周りの目など気にする余裕もなく走っていた。普段運動なんてしない体では校門を出てすぐの公園で息が切れ公園のベンチに座りさっきのやり取りを思い出し赤面しながら頭を抱えていた。恥ずかしさのあまり大声をあげてしまいそうになるがここが公園だというのを思い出し寸でのところで止まったが、羞恥心は収まることなくさっきから心臓がうるさいほど高鳴っている。走ったせいで心臓がうるさいのではない、桜庭君と話している時からずっと心臓が高鳴りっぱなしだった。

「あぁ~もうどうしようどうしよう…。桜庭君の力になれるってわかった時は嬉しくて変な声が出そうなのを何とか抑えたけど…。はぁ~…もうはぁ~だよ…あんなこと口走って絶対変な子だと思われた…。顔に出ないように表情殺して声も上ずって奇声になんないよう短い言葉で単調に話したのに…最後の最後で台無しに…。」

 思い出せば出すほど自分の醜態が恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだ。肩まで伸びている髪を両手でかきむしり行き場を失った恥ずかしさを発散させようとしたが全く効果がなく疲れただけだった。何度目かわからないため息をつき、ふと手にくすぐったさを覚え手のひらを広げて確認するとさっき掻きむしったせいで髪の毛が何本か指の間に挟まっていた。手を払い髪の毛を払いのけると、桜庭君が言ってくれた言葉が頭をよぎった。

「『…黒だよ。椿さんの髪の毛と一緒の深い黒色。』…か、私の色ってやっぱり黒なんだ。誰かを不幸に、人を殺すことができる色か…。どこまでいっても死からは逃げられないかな…。でもそのおかげで桜庭君に近づけたし結果オーライかな。それに桜庭君誰か殺すって言ってたけど誰が死んでもどうでもいいし、桜庭君と一緒にいられるなら何人死んでも構わないしな。あんな凛々しく殺すなんて言って…いつか私の事も殺してくれるかな。」

 私は桜庭君の事は大学に入ってから一目で好きになっていた。初めて彼を見た時から彼は私と同じ匂いがしてすぐに同族だと思った。生きているのに生きていない、死にたいのに死ねないでいる。生への執着がなく死ぬことに執着している動物として最大の欠陥をかかえている出来損ない。それを確信した日から私はずっと桜庭君の事を観察する日が始まった。住所・家族構成・友人関係・スマホの番号・食生活・生活リズム・持ち物・趣味・自慰に至るまで調べつくした。我ながらストーカー行為がこんなに上手いなんて新たな発見に驚きながらも彼の事を追いかけ続けた。そして私の中でハッキリとわかったことがあった、私は彼に殺されたいと思っている。彼になら殺されても良い、いやむしろ彼に殺されたい。彼なら私をわかってくれた上で殺してくれるだろう。

「ふぅ…とりあえず明日の事は明日に任せて今日はもうアパートに戻って休もう…。いろいろとやらかしてもう限界…休みたい…。」

 独り言を呟きベンチから立ち上がると軽く腕を伸ばしずっと座ってかたまってしまった体をほぐした。そのついでに深呼吸し暴れていた心臓を落ち着かせ、気持ちを切り替えると頭のもやもやを振り切るように頭を振り公園を後にした。アパートまでの帰り道は風を感じながら歩きその風は火照った顔にはヒンヤリと気持ちよく落ち着かせてくれた。そしてその晩私は何度も何度も勢い余った告白を思い出しては悶える、また思い出しては悶えるの無限ループに陥ってしまい次の日は無事に寝不足になっていた。


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