妹失格1-⑤
「未夕は今日もちっこいね~。」
「ぶっ飛ばしますよ。」
「いやいや、桜庭さんの印象もここ1週間で見事に変わったよね。」
「どういうことですか松山さん?」
「近藤だよなるべく早く覚えてね。いや最初は礼儀正しくて清楚なお嬢様ってイメージがあって高嶺の花のような存在で近寄りがたい感じだったのよ。それに物静かでミステリアスって感じだったしね。最初はそうだったんだけど…それが今じゃ…ね?」
「ふふん!私は未夕がお兄さんの事好きだって知ってたけどねー!まあ…教室であんな堂々と宣言するとは思わんかったけど…。」
「なんですか二人ともまるで兄さんを愛してるのがおかしくてブラコンNGのように聞こえますが?ケンカなら買いますよ?妹が兄を好きでおかしな事はありませんよ。」
「ああはいはい、一旦スイッチ切って落ち着いて。おーしおしおしおし。」
「乱暴に頭を撫でないで下さい!」
イジメっ子に仕返しをしてからちょうど1週間がたった頃、朝の教室では私の机を中心に二人のクラスメイトと平和に会話をしていた。あの日以降嫌がらせは止み、向こうもこちらに関わろうとはしなかった。というよりそんな余裕が無いのだろう。あいつらに憑けた幽霊のおかげで毎晩魘されるような悪夢に金縛り、鏡に映り込むといった心霊現象を楽しむのに夢中で私のことなどどうでもよく我が身大事になっている。昨日学校の廊下ですれ違った時にチラッとだが顔色を見たら頬もこけて青白い顔色に目の下には寝不足のせいで隈が出来上がってピチピチの高校生には見えないほどやつれていた。幽霊の方からも何をしたのか報告をしてきてくれるため、私はわざわざ見に行ったり聞きに行く必要も無く勝手に相手の情報が入ってくるのは楽だった。そんな自業自得の奴らの末路に堪えられず笑みが出てきた。
「未夕どうしたの?何かおもしろいものでもあった?」
「いいえ、少し思いだし笑いをしてしまいました。」
「なになに?どういうの?」
「因果応報って本当にあるのだと思っただけですよ。」
「う~ん?何やら難しい事を言ってらっしゃる…。」
「確かに井坂さんには難しいかもしれませんね。」
「ほー、まあ井上はバカだからな。」
「だから井上だってば!もうこのやり取りも飽きたから!あと近藤!バカって言うな!」
「覚えにくい名前なんですから胸にネームプレートをして頂くと呼びやすいのですけど。」
「だってさ坂本…間違った井上。」
「覚えやすいでしょ!井上だよ結構聞く苗字だよ!あとそんな小学生みたいなことできるか!近藤あんた絶対ワザと間違えただろ!」
「バレたか、井上なら気付かないと思ったんだが。」
「流石に気付くわ!もう未夕何回も言うけど私は井上ね!井上!」
「知ってますよ。ただ存在感が薄いのでパッと名前が出てこないんです。」
「存在感が薄いって…!もう!わかってやってるんだったらなお悪いわ!」
「ははは、桜庭さんおもしろい人だな。これだったらもっと早く絡むべきだったよ。」
「いいえ、私は今こうして頂けるだけで嬉しいので。これからもよろしくお願いします。」
あの日以降嫌がらせが無くなり変わりに今こうして話したことの無い人と教室で話せる程の友人を得ることができた。その一人が近藤さんだ。近藤さんは私と同じで多く話すタイプではなく物静かさを感じるが実際は人をイジったり悪ノリしたりとなかなか面白い人だ。それに一般人の常識にも囚われず、世に言う非常識や変人なんかを『まぁ、そういう人もいるだろう』と軽く受け入れて理解してくれる。精神的に大人なところも見え身体も胸はデカいし身長もあり大人な女性という感じで私と並ぶとまさに大人と子供の構図が出来上がる。それはさておき、とりあえず友人も増えいじめっ子からのいじめもなくなり平和な一週間を過ごしていた。何も起こらない学校生活は久しぶりでそれに友人と過ごすのも何をしていいかわからないのであった。ただ、1週間前に自分がいじめられていたこととブラコンであったことを教室内で発言したことによって、クラスでは見事に浮いてしまった。最初は禁断の愛、関係はどうなのかうるさいほどに聞かれてしまったが私が兄さんへの愛と想いを丁寧に説明すると、ドン引きしている顔と口には出していないが気持ち悪いと目で訴えていた。そうなるのは仕方のないことで、勝手に近付いて気持ち悪がり帰っていくなど何度も経験して馴れているおかげで何とも感じなかった。今話している二人はそんなことお構いなしに私は私として接てくれている。むしろ私の状態を知った上で絡んでくる二人のクラスメイトの存在は私にとって知らないところで心の支えになっていたのかもしれない。まあ今だに片方の名前を覚えられないのは治っていないのだが…。朝のホームルームが始まるまで私たちはくだらないことや兄さんのことについて語り明かそうとしたが、うまいところで近藤さんから受け流され結局女子のあるある話をすることになった。
「うへぇー今日も授業が始まってしまうか…。」
「まあ今日は体育あるし楽な方じゃないか。」
「体育ですか、私は嫌ですけど。」
「何で?未夕運動神経良い方じゃん。それにバレないようサボってるのに。」
「体育の先生に前ヘアピン外せって怒られたんですよ。」
「あの先生考えが固いからヘアピンだけでもチャラチャラしてるって思ってそうだよな。私も一回怒られたし。本当井上よりバカなのかと思うよ。」
「オイコラ近藤それどういう意味じゃ!返答によっては許さんぞ!」
「井上の方が頭良いって事だよ。これはほめ言葉だからね。」
「ならよし!」
「…この人本当にアレなんですね。可哀想…。」
HRが近付くにつれクラスメイトは授業が始まる憂鬱に襲われていたみたいだが、私が一番憂鬱を感じて嫌なのは体育で兄さんから貰ったヘアピンを外さないといけない事だった。兄さんからプレゼントされたヘアピンは肌身離さずずっと付けていたいが先生の頭が固いせいで外さざるを得ない時がある。別に付けてても問題ないと思うが下手なことを言って更に怒られるのも嫌だった。だから私は体育が嫌いでムカついていた。憂鬱な気分のままHRが始まるチャイムが鳴り各々席に戻りチャイムが鳴り終わるのと同じくして先生が教室へと入ってきてHRが始まった。担任のHRは出席と最近流行の注意事項と要件だけ伝えて終わるので5分もかからずにすぐに終わってしまった。こんな適当でいいのかと思うことが多いがすぐ終わるなら文句は無いし要点を抑えるのが旨いので余計な情報が無い分私は担任の伝え方は好きだった。そして今日も案の定HRはすぐに終わり、皆1限目の準備に取りかかった。私も教科書の準備をしていたら担任が何か思い出したように私に近付き、私は何かしでかしたのか思い出させる間もなく廊下の方に呼び出されそのまま廊下に連行された。
「あの先生私何か問題起こしましたか?成績もそこまで悪くないし生活態度も普通だと思いますが…。」
「いや桜庭が何かしたじゃなくてだな、面倒事に巻き込まれたって聞いて担任として一応確認したかったんだ。」
「そんな面倒事だなんて…。ちょっと脳味噌が無い人が騒いだだけですよ。」
「なるほどな、お前のそういうところが相手の癪に触って起きたんだな。まあもう解決してるみたいだがな。」
「…まあそうとも言うかもしれませんね。」
「はぁ…面倒事は勘弁してくれよ只でさえ他のハゲ達に目を付けられてあげ足取りされるんだから。」
「そりゃあパッとでの若くて美人?な先生が生徒の人望かっ攫ったら妬まれますよ。」
「おい桜庭なんで美人のところ疑問形なんだ?内申点下げるぞ。」
「職権乱用は止めて下さい。ってか何で私にはそんな崩れた態度なんですか。他の生徒だともう少ししっかりしてますよね。」
「だってなぁ……桜庭は私と同じで狂ってる方だからな。なんか同族の匂いがするんだよ。しかもお前の目、私と一緒で人に興味が無いって目をしているしな。それだけならまだいいが、お前は目的の邪魔をするなら人だって殺しそうな危ない目だからな。」
「……そんな厨二病発症してませんよ。」
「それならそれでいいが。はああぁ…それよりもう授業の時間か面倒臭いな。」
「一応先生なんですからせめて生徒の前ではそんなこと言うの止めましょうよ。私が他の先生に告げ口したらどうするんですか。」
「有り得ないだろ。そもそも私にすら感心が無いんだそんなことしてもまったく意味が無い。だから安心して桜庭の前で愚痴ってちまちま嫌がらせしてるんだろ。わかれよ。」
「もの凄く迷惑です!嫌がらせって自覚ある分よけいに迷惑ですよ!さっさと行って下さい!このままだと本当に遅れますからね!」
この担任は普段気怠げにしてて生徒に感心なんてもってないと思われる態度だが、本当は相手の本質を見抜く力に長けて話してて油断できない。前からこの担任とはこんなやり取りを繰り返しているが一方的にこちらを見透かされてるようでやり辛いことこの上ない。他の生徒の前ではもう少ししっかりしてサバサバしながらも的確にアドバイスをしてくれるいい先生なのだが、私の時と対応が全く違うため余計やり辛いと感じる。だが相談しやすく的確なアドバイスもくれるため生徒から頼られる事が多いみたいで、そのせいで他の先生からは妬まれるという居心地の悪い立ち位置にいるのは確かだ。そんな先生は肩を下ろしながら溜息をついて授業がある教室へ行ってしまい、私も自分の教室へと戻っていった。担任から何で呼び出されたか聞きたいのかチラチラと視線を送られるが無視して授業の準備の続きを始めた。今日は午後に体育が2時間続けて行われるため午前中は教室だけで移動する必要は無いから楽だ。午後からの体育は面倒だけど…、今から考えても仕方ないし気分を切り替えて授業に挑もうとしたが無理だった。さっき担任から言われた『目的のためなら人を殺しそう』という言葉が胸に刺さり引っかかっていた。本当あの担任はどこまで人の本質を見抜けるのか、恐ろしい才能だと思う。今まで表に出さないようにしていたものをあんなサラッと言われてしまえばそう思わざるを得ないし、実際に私は…いや私達は既に担任の言うとおり目的のために人を一人殺している。だからあの担任には注意を払う必要があるし、もしも深くこちらに入ってくるなら相応の対処をしないといけない。っとずっとそんなことを考えている内に1限目のチャイムが鳴り私は考えを止めて授業に集中しようとした。だが心の奥には担任の言葉が刺さったままで午前中の授業全部を上手く集中することができなかった。
4時間目の授業が終わり昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ると教室からは一仕事終わったおっさんのように気が抜けた状態になっていた。あいつらのせいで萎れた教科書とノートを仕舞うと近藤さんと井坂さんが弁当を片手に私の席へとやってきた。今までは井下さんと二人で食べていたがあの事件以降近藤さんも加わり3人で食べるようになった。初め私としては1人増えたところで特に気にしなかったが井籐さんは少し難色を示していた。興味も無かったので理由は知らないし聞いていない。でも今はそんな難色無く普通にいいコンビに定着していると思う。そんな中私達は私の机を3人で囲みそれぞれ持ってきた弁当を広げて昼食を食べ始めた。
「やっとお昼だ…長った…!」
「後は体育のみか、サボれるな。」
「嫌ですけどね体育。ヘアピン取れとか言われますし。兄さんからのプレゼントを何だと思っているのか…まあ取りませんけどね。」
「未夕怒られても知らないぞー。前も小言言われてたでしょ。」
「小言なんてどうでも良いです。私にとって一番大事なのは兄さんを感じることなんですから。」
「流石ブラコンの鑑だ。面白そうだから是非見届けさせてもらうよ。」
「いや少しは止めようとしろよ!未夕が怒られてもいいの!?」
「止めた方が危なそうだ。それに私に被害が飛んでこないから安心して見てられる。」
「いい性格してますね。そういうの嫌いじゃないですよ。」
「おいおいおい、あれ?これ私がオカシイのかな?」
「はっはっはっ、何を言っている井上はいつも頭がオカシイだろう。何を今更。」
「そうですよ。今更何を言ってるんですか。」
「よーし泣いてやる泣いてやるからなチクショー!」
食事中だというのに本当のことを言われて騒いでいるのを見ると少しはしたない。食事中は静かに穏やかに食べ、兄さんをどう誘惑して私を食べて貰うか考える時間だ。それなのに頭がオカシイとか言われておいおい泣くなんて恥ずかしくないのか。それに比べて近藤さんは静かに騒がず冗談交じりで話をしているが、ハッキリ言うときはハッキリ言う面白さがあって嫌いじゃない。そのおかげでここ1週間で何とか名前は覚えられた。だが、もう一方の方は今だに名前を覚えられていないが差し支えないし気にしなくて大丈夫だろう。グチグチと文句を垂れ流しているのを近藤さんは適当な相づちで返し私達はご飯に集中した。ご飯を食べ終え弁当を片付けると、体育着の着替えの時間を考慮してもまだ少し時間が残っていたのでこのまま駄弁って時間を潰す事にした。
「はぁ…どうしたら兄さんは私を襲ってくれますかね…。」
「いきなり何言ってるの?いや未夕らしいけどいきなりくるとビックリだよ。せめて兆候は見せてそしたらこっちも準備するから。」
「そんなの裸になってから『抱けっ!』て押し倒したらいいじゃないか。」
「もうそれは昔やりました。けど兄さんから上手く丸め込まれて流されたんです…。」
「お兄さんはあれかな?インポなのか?それともホモなのか?」
「いいえ、兄さんの性癖は全て理解してますのでそういったものは無いです。むしろロリコンでシスコンかつ黒髪貧乳妹属性好きという異常性癖者なんでこのロリボディに目がない筈なんですが…。」
「なるほどな、とんだ変態だ。そしてそれを知った上で理想の身体を作った桜庭さんも変態だな。」
「兄さんのためなら当たり前です。それが妹としての義務です。常識です。法律です。」
「やはり桜庭さんは素晴らしいブラコンだ。見てて飽きないよ。」
「ありがとうございます。最高の褒め言葉です。」
「ねえ盛り上がってるところ悪いんだけどさ…一つ言わせて。なんっでこんな生々しいやり取りを昼食後に聞かされないといけないの!?まだお昼だよ!せめてそういうのは放課後とか夜とかに話すことじゃない!?」
私と近藤さんの会話に異議を付けてくるが四六時中兄さんと交じわることを考えている私にとって昼だろうと放課後だろうと夜だろうとそんな時間なんて関係ない。兄さんとセッ〇スをする。そんな兄妹なら当たり前の考えに異議を唱えるなんてこの人もしかすると…レズか?だとしたら貞操を守るためにも少し警戒した方がいいかもしれない。私の処女は兄さんに捧げると産まれたときから決まっているのだ。それを脅かされるとなれば警戒するのは致し方ないし、兄さんが私の処女を奪ってくれたら警戒しなくてもよくなるのに…。近藤さんは騒ぎたててるレズ(仮)を吠えてくる動物を宥めるように軽くあしらってくれた。その様子に私は近藤さんがいれば大抵の面倒事を押しつける事が出来る気がして仲良くなれて良かったと本心から思えた。そんな事をしているともうすぐ昼休みが終わる時間に近付いてきたため体操着をもって女子更衣室に向かった。
今日の体育は体育館の中で行うため日焼けの心配も無いし、アレを使えばいつでもサボろうと思えばサボれる最高の条件だ。だけどあんまりサボりすぎては成績にも影響しそうで面倒なので今日はちゃんと受けようと思う。女子更衣室に着くと早い人ではもう着替えて入れ違いになり、中で着替えてる女子のほとんどはもう着替えは済んでいた。着替え終わってもまだいるという事は着替えだけしてここで時間を潰したんだろう。私達は空いてるロッカーを探すと、ちょうど窓際に3個連番で空いているのを見つけそこに体操着を置いて着替え始めた。
「ん?桜庭さんはブラをしていたのか。てっきりブラは必要なくシャツを着ていたのかと思ったよ。」
「歯を食いしばって下さい。今から本気で殴ります。」
「未夕落ち着いてやっぱり最初は誰でもそう思うから!未夕の幼女体型だとその疑問はしょうが無いから!」
「無礼者!」
「いったぁ!なんで私なの?!言ったの近藤さんだよ!?」
「1度目は許します。初見でわからないのはしょうがありません。でも2度目は無いですよ。」
「流石に失礼だったね。これは私のミスだ今後は気を付けるよ。」
「お願いしますね。でないとこの人のようになりますから。」
「私ただの見せしめのために殴られたの?!」
近藤さんは失礼にも私がブラをしているのに驚いたようだった。シャツなんかで隠せるほど小さくないのにBカップならブラは必須なんですから。それなのに人のこと幼女体型だ最初は驚くだの失礼にも程がある。だからつい殴ってしまったが元気そうに声を出せていたから大丈夫だろう。…確かに近藤さんは胸もデカいし彼女から見れば私のは薄っぺらい下敷きのような胸でブラなんて必要無いと思ってしまうのはわかる。いや訂正わからない、わからない事にする。そうしないと女として高校生として惨めで負けた気がして泣きたくなる。兄さんはこれぐらいの大きさが好きだからここで成長が止まるのはいいけど、だけど私の女としての想いはもうちょっと大きく少しでもいいから育って欲しいというジレンマがあった。そんな事を思っていると自然と近藤さんの胸に目がいってしまいその視線に気付いた近藤さんは勝ち誇った顔をしていた。
「いやいや大きいと大変だなー。」
「その棒読み腹立ちますね。決めましたもう一発いきます。」
「だから何で私に拳を向けるの!オイコラ近藤何笑ってんだよ!こっちは必死なんだよ未夕の拳見かけに反して痛いんだよ!」
「ぶふっ…それはすまない。」
「あのやろー!あ、ちょっと待って未夕ストップストップいや本当痛いから止めよう?落ち着いてその振り上げた拳をゆっくり降ろして…そうそうゆっくりと、いいよいいよそのままそのまま…。」
「当てつけか!」
「ぐっふぅあ!お…おおう…下からのボディは…ダメだって…。」
「吐いたら掃除させてやるから安心しろ。」
「近…藤…!覚えてろよ…。」
そんなバカなことをしているうちに更衣室にはもうほとんど人が残って無く、時間を確認すると授業開始まで後5分も無かった。隣で腹を押さえ悶えているのを無視しさっさと着替えを終わらせ急ぎ足で体育館へと向かった。体育館までは歩けば2~3分程度で着くので急ぎ足なら2分足らずで付いた。途中井上さんもどきが苦しそうにしていたが私と近藤さんは構わず歩を続けていた。体育館に着いたのとほぼ同時にチャイムも鳴り他の生徒もステージの前に集合し私達も他の生徒達と合流した。それからすぐに女の体育教員が来て出席確認が行われた。
「桜庭さん。」
「はい。」
「…そのヘアピン、前付けないように注意したと思いますが?」
「スイマセン、忘れてました。」
「2回目ですよ。次は忘れないで下さいね。もし付けてきたら預かります。」
「わかりました。」
このババア何言ってんだ。次付けたら預かる?兄さんからのプレゼントを触ろうなんてケンカを売っているのだろうか。髪留めくらい許されてもいいだろう、実際私のヘアピンより目立つ髪留めやヘアピンを付けてる人はいるのに私にやたら注意してくる。明らかに私を嫌っての行動にしか思えない。去年のクソババア発言をまだ気にしているのか?だとしたらみっともないしそれだから生き残れになるんだ。その後は誰も注意される事無く出席確認が終わり授業内容が説明された。こいつの説明は長いし声もうるさいから聞き流して、兄さんとのデートを妄想していたら周りが立ち初め移動を始めた。私は適当に流れに着いていくと今日はバスケをするようで、体育委員が体育用具庫からバスケットボールが入っているカゴを出してそれから各々シュート練習にはいった。私も一応ボールは持ったがシュート練習が面倒臭かったのでシュートしてる生徒に隠れてフリだけをした。
「面倒だな…。うわあの先生こっち睨んでるよ…。ババアの嫉妬なんてみっともないなぁ…。」
「全くその通りだな。」
「っ!?いつから聞いていたんですか近藤さん。」
「面倒だな…、から聞いていた。」
「最初からですか。」
「正直聞こえてしまったっていう方が正しいな。それにしても桜庭さん結構毒舌なんだな。」
「ノーコメントでお願いしします。」
「言いたくないならいいけど、あの先生確かに桜庭さんを目の敵にしているみたいだな。」
「まあ去年色々ありまして…、詳細なら井…何とかさんが知ってますから聞くなら彼女に聞いて下さい。」
「休み時間がきたら聞いてみるよ。」
驚いた、まさか一人言を近藤さんに聞かれるとは思わなかった。その前に気配すら感じなかったが彼女は何かしているのだろうか。だけどあの一人言を聞いても表情も接し方も変わらないでいるどころか、無理にこちらに踏み込んでこないで距離感を保ってくれるのはありがたい。そういうところはしっかりしていると思うし見習うべき所だ。それから近藤さんと少し話した後は、少しだけシュート練習しちゃんとサボってない口実を作り休み時間まで適当に時間を潰していった。先生からの目線は相変わらずあったが気にしても仕方ないし向こうが勝手にやってることだから何を言っても意味は無いだろう。そしてようやく5時間目終了のチャイムが鳴りこちらの体育の授業も休み時間がきた。次の時間から試合をするそうで、バスケ部や運動したい生徒は休み時間でもシュート練習やドリブルをして過ごしていた。私にそんなやる気は無いので体育館の隅っこに座り井上?さんと近藤さんと一緒に休んでいた。
「ふぅ疲れた。汗もかいたしもう十分なんだけどね。」
「ああ、私も汗だくで疲れた。もう十分過ぎるな。」
「はい、私もたくさん動いたのでもういいです。帰って兄さんと一緒に運動しますね。」
「2人とも全然汗かいてないじゃん。動いてるように見せてサボってたでしょ。」
「そんなことないぞー。」
「そうですよー。人を疑うなんてさみしいですー。」
「ならせめて目を合わせて話してよ。目線バラバラでウソだって丸わかりだよ!」
目線を合わせず目を泳がせて話していたがどうやら騙すことは出来なかった。そもそも騙す必要は無いのだがつい近藤さんの悪ノリに付き合ってしまった。最近話始めたばかりなのにこうも順調に関係を築けていくのに不安と不自然さを感じたが、上手くいっているのならそれに越したことは無いし何かあればそれ相応の対処をすればいいだけの話だ。だったら今はこのままでもいいかもしれない。ふざけていると近藤さんはさっきの事を思い出したようで何の前触れも配慮も無しに切り込んできた。
「そういえば井上さん、桜庭さんとあの先生との間に何かあったのか?」
「あ…っと、それはその…。」
「言って貰って構いませんよ。というより先程知りたかったら聞いてもいい言ったので。」
「そっか…未夕がいいならいいけど…。まあ簡単に説明するとね、未夕があの先生に向かって『クソババア少し黙ってて下さい。』と面と向かって言ったんですよ」
「それはまた思い切った事をしたんだな。だけどそれに至るまでに何かあったんだろう。そこも教えてくれないか?」
「うん、始まりは未夕がお兄さんから借りてた体操着を着て参加したの。それであの先生から着替えるか見学しなさいって言い寄られて…未夕がそれに対して先程言った事を言ったの。」
「すまない、よくわからなかった。えっとつまりお兄さんの体操着を着て授業に参加しそれを咎められてクソババア発言が出てきた。っで合ってるか?」
「合ってます…。そのせいで未夕去年からあの先生にずっと目を付けられてるのよ。」
「ブラコンここに極まれりだな…。」
何やら私と先生の確執を聞いて上手く納得できないように何度も頭を捻らせ、それを苦笑いと予想通りの反応に共感しているようだった。何でだ私はただ兄さんの体操着を貸して貰って汗の匂いを堪能できる至福の時間を味わっていたのに、どういうわけかあの生き遅れクソババアがそれを邪魔してきた。どう考えても兄妹の愛情表現を邪魔する方が悪い。だから私はクソババア発言し謝罪もせずにそのまま兄さんの体操着で授業を受けた。これが去年の体育での一幕で周りの生徒も静まり返り一触即発な状態までいってしまいどう落とし前を付けようと考えていたら今の担任が間に入って止めてくれた。この事は当時体育委員の人がすぐに職員室まで行って説明したため情報がいっていたようですぐに仲裁しにきたのだ。
それからお互いの主張を聞き私は今の担任の先生に生徒指導室に連行されて、その時始めてこの先生と話すことになった。その時の私はどうせ怒鳴るだけで時間の無駄になると思っていたが、担任から出た言葉は予想外なものだった。
「桜庭だったな。一応聞くが先生に注意され暴言を言ったのは間違いないないか?」
「間違いないです。行き遅れクソババア少し黙ってて下さいっと。」
「……ぷふぅ!言ったのか…!あの頭がカチカチ鉄壁の処女に…!ぶふぅ!」
「え?え?先生大丈夫ですか?汚いですよ。」
「いやいやスマン。桜庭、よくやったな。」
「え…?どういう事ですか?何が一体…。」
「理不尽に立ち向かった。なかなか出来ることじゃないぞ。それに今回はあいつがスポーツにそんなかわいい系の髪留めヘアピン、ましては男性の体操着なんてダメだって決めつけているからな。ああいう奴には生徒からの真っ向の否定に弱いんだよ。まあこだわりって奴だ…。」
「面倒臭い人は何で増えるんでしょうか…?」
「自分の生きて得た考え価値観が邪魔をするんだよ。年を重ねれば最年長と扱われる事に正しさと、年上で偉いというレッテルで正しいと酔い始める。そうなれば出来上がるのは自分好みの世界だ。そこで反非を示す者達を打ちのめす。それが人だ。救いようのない残念な生き物なんだよ。」
「有能な人を妬み嫌がらせと似たようなモノでしょうか。」
「今まその解釈で十分だ。それに桜庭はもう少し周りを見ろ。」
「え?それって…?」
「自分だけの正解を作らないでもっと周り見て考えて欲しい。今いえるのはここまでだ。後はもう授業にもどってこい。あの先生にも私からも言っておく。」
「ありがとうございます。」
以上が去年の一コマだ。あれ以降担任と少し話し始め今朝のような間柄まで浸透した。そのせいで担任から先生達の裏事情の愚痴を聞かされたりイジられたりする事も多くなってしまった。だけどそれが自然と嫌だとは感じず、あの人は他と違って下手したら足下を食われそうな気がしているが嫌悪より憧憬があった。足下を食われそうなのに変な話だが私はあの担任の人を見る目は素直に尊敬できるからだろう。私と担任との事はもういいとして、去年の騒動を聞き近藤さんは呆れ半分笑い半分という感じで溜息をついていた。
「ブレないな桜庭さん。芯を持つのは良いが、ブレーキが壊れていると危険だよ。」
「大丈夫です。ブレーキなんてもうとっくの昔に壊れてます。」
「それは全然大丈夫じゃ無いよ!壊れてるならせめて他に止める方法考えないと!」
「必要ありません。私には兄さんさえいてくれたらいいんです。私は兄さんのため、兄さんは私のため…そうやって生きていこうと約束したんですから。」
「でもそんないつ事故が起こるかわかんない状態なの放っとけないよ!」
「確かに井上さんの言うとおりだ。もともと壊れてると知っていたなら尚更放っとけない。」
「ありがとうございます。二人とも優しいんですね。でも、これはもう治らないので気のしないで下さい。」
「だけどさ…!」
「待て井上さん。桜庭さん…わかったこの件はこれで終わりにしよう。」
「そうして貰うと助かります。」
井籐さんは近藤さんに止められこれ以上の言及が出来ないの事を腑に落ちないようだったが、私としてはこれ以上二人に入り込まれたくないから予防線を張っている事に近藤さんは気付いてくれた。ブレーキ、よくある人として超えてはいけないラインを守るもので、それ以上超えないようにするために存在する。自殺や人殺しなどいざ実行しようとすると手が止まったり思い留まるといったものをブレーキというなら、昔人殺しをした私と兄さんにはもう無い代物だ。だから忠告の意味で予防線を張った。そうしなければこの二人に私達兄妹は人殺しをしましたと悟られるかもしれない。もし悟られて私達を脅かす存在となったらまた手を汚さないといけないし、そうなると後処理が大変になるからやりたくない。重たい空気が流れている中空気を読まないチャイムの高い音が休み時間終了とこの雰囲気を壊してくれた。ただ、一回味わった空気をそんな簡単に拭いきれる事も無く、私達は次の体育の試合で集中できないまま負け試合を繰り返していった。
それからさらに1週間後、イジメ解決から2週間がたった日にアレが起こってしまった。この日はまた午後から2時間連続で体育があり、前回体育教師からヘアピンを注意され今回付けると没収という理不尽な事をされるため仕方なく外し、着替えた制服の上に置いて授業に出かけた。ここまでイジメも無く3人でできたいつも通りを何の変わりも無く、目立ったこともせず過ごしていた。人は嫌なことがあって警戒していても必ず隙が生じる時が来る。だから犯人は気が緩んで警戒心が薄くなる時をじっくり待ってその時がきた今日を狙ったんだろう。その日の体育ではヘアピンを付けなかったため体育教師からケチはつけられず静かに授業を受けていた。そして私は体育を終え更衣室に戻ってくるとその異変に気付いた。
(え…?無…い…?無い…!無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い!ヘアピンが無い!どこ?どこなの?落とした?嫌それはありえない、じゃあどうして無くなってる?!……まさかアイツら?でもアイツらにそんなこと出来る気力は無いはず。回復するにしても早過ぎる…。)
私の置いていたはずのヘアピンが無くなっていた。焦りと不安で心と頭が混乱する。誰が何のために?イジメもアイツらに霊を憑けて終わったはずなのにどうして?新手の奴ら?しかも何でヘアピンを…兄さんから貰ったヘアピンを盗んだ?色々な思考が頭をよぎるが冷静に考える事など出来ず目の焦点は合わず心臓が締め出され呼吸だけが浅く速くなっている。キモチワルイ、お兄ちゃんから貰ったものを無くした無くなった消えた失った喪失した。お兄ちゃんから貰ったものが無くなった事に泣きそうだったところに、制服の間に手紙が入っているのを見つけすぐに内容を確認した。それは私が犯した軽率な行動を罰するために用意された招待状だった。そしてこの招待状によって私は自分がいかにバカで詰めが甘い愚か者だったのか思い知らされた。
『おげんきですか?大好きなお兄さんからプレゼントされたヘアピンはこの前廃屋になったマンションにおいてます。放課後お待ちしてます。きてくれますよね?』