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「っ!!」


 僕の放ったボールが、男テニ部長の背後の地面に叩きつけられる。


 忌々しげにこちらを見上げてくるその視線に向けて、僕は静かに問うた。


「コレで、四つ目ですよね。つまり――」


「最初のゲームはアマツ達が取ったってことだな」


「すごい……コレ、もう一度取れば勝ちですのよね? ほとんど、圧勝じゃありませんこと?」


 フェンスの向こうの小太郎と神原が、誇らしくも、どこか驚いたような表情でこちらを見ている。


「今日……数分前にラケットを持ったばかりだというのに、本当に……マジモンの天才なんだねぇ。彼は」


 速見先輩が眼鏡を指で持ち上げながら、いつになく真剣な声を出す。


「ボク達は……本当に歴史に名を刻むような大人物を相手に、おちょくったり、セクハラ発言をしていたんだねぇ。まぁ、今後控えるつもりは全くないが」


「少しは控えてください!」


 口角を歪め、下卑た笑みを浮かべる彼女に、僕は叫んだ。


 実のところ、友人達の僕を見る目が変わってしまうのではという不安が一瞬頭をよぎったのだが、そんな心配は杞憂だったと僕は安心していた。


「すごいね、テンちゃん……あんなに身体捻じれるんだ」


 ハナが後ろから嬉しそうに声を掛けてくる。


「ん? ネジレ?」


「うん。後ろで見てて分かったけど、打つ前のバックスイングの時、すっごい身体捻ってるの。普通の人よりずっと。身体柔らかいんだね」


「ほほう。その『溜め』が強烈なショットを生み出しているというワケか。まぁ、暇さえあれば柔軟ばっかりしてるからな、僕。父さんと一緒で」


 僕とハナがほのぼのと笑い合っていた時だった。


「くっ……! 何なんだよ、ふざけやがって……!」


「こんなの、反則みたいなモンじゃない……!」


 両部長が忌々しげにボヤき始める。


 あぁ……始まった。いつものことだ。


 大体僕と何かで勝負した人間はこうだ。『どうせ天才には勝てませんよ』とへそを曲げて自分の心を守ろうとする。


 僕はいつからかそれに慣れて、でも『そんなことないよ』と否定するつもりにはどうしてもなれなくて。


 だから……『そうだね』と短く呟いて、その人を諦めていたんだ。


「……謝りませんよ?」


 でも、今回限りはそうはいかないんだよ。


 そのちっぽけな自尊心を守ろうと、大人なふりして逃げるのを許すつもりはないんだよ。


「何の努力もしてないのに天才でごめんねなんて言われたところで、嬉しくないでしょ? そもそも誰だって初期値には多少の差があるものでしょう? あなた達は自分より初期値の低い人間を負かした時にいちいち謝って回ったんですか?『悔しいくせに努力もせずに文句だけは言うんだな』って思いませんでした? 今、僕そんな心境です」


 僕は一瞬、後方にいるハナを見る。


 そう、初期値が滅茶苦茶低いのに、おまけに成長度も大したことないのに……それでも努力をやめない人が、ここにいるんだ。


「謝らせたいなら、彼女にしたことを、二人手をついて謝ってください。そうしたら僕も大人気なかったと詫びますよ。それが嫌なら……いや、少しでも部長としての意地があるのなら、僕に……僕達に勝ってみせてください。その時はどんな命令でも甘んじて受け入れましょう」


「…………」


「…………」


 黙ったまま僕を睨み続ける二人の視線を、僕は冷たい目のまま受け続けた。


「テンちゃん……いいから、次いこう?」


 僕の袖を引いて、ハナが咎めるように言う。


 ハナとしては、先程の本人の言葉通り、僕と純粋にテニスを楽しみたいだけなんだろう。


「……ん」


「あの、次もお願いします……!」


 そう言ってハナが恭しく頭を下げる。


 ……分かるか? コレがお前らが身勝手な感情で虐げた子なんだよ。


 こんな良い子をお前らは……


「一切手加減しませんから。全力で叩き潰すんで、そのつもりで」


「テンちゃん……! そこは全力でいきますだけでいいのっ!」


「はいはい」


 言葉の通りだ。僕は一切手加減をするつもりはない。


 ハナが望む望まないに関わらず、ここでの僕の最優先事項は、この二人を完膚なきまでに叩き潰し、面目丸潰れにしてやることだ。


 可能なら謝罪をさせる。だがそれが無くても、もう他の部員達が言うことを聞かなくなるくらいに赤っ恥をかかせ、二度とこんなことが起こらないようにする。


 ……その末に、今度は彼らがハブにされたり、虐げられることになろうが知ったこっちゃない。



◆◆◆◆



「今度は向こうのサーブってことか」


「うん。で、あたしが受ける。頑張るよ。失敗したらごめんね」


「気にするな。今まで出来なかった分、存分に楽しむといい」


「うん!」


 ハナが嬉しそうに笑ったところで、女テニ部長がボールを高々と放るのが見えた。


「ふっ!」


「……あっ!」


 ハナが打ち損じたボールがコートの外で転がる。


 ……鋭い。


 完全に雑魚だと思っていたが、一応部長やっているだけのことはあるんだな。


「……ごめん」


「ドンマイドンマイ。次に生かそう」


「うん。部長の本気サーブ受けられる機会なんてそうそうないもんね!」


 ……そういう意味で言ったワケじゃないんだが、どこまでも前向きだな、ホント。


 ……しかし、余計なこと言って、完全に本気引き出しちゃったな。


 最初の、素人と一年の下手くそだと僕らを侮っていた空気は最早微塵も感じられない。


「いいね。面白くなってきた」




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