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元自衛官が明治時代に遡行転生!なんか歴史が違うんですけど!?〜皇国陸軍戦記〜  作者: ELS
第3章 明而陸軍士官時代

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85話.少年

85話.少年



「……」


路肩にうずくまる子に声をかけるが、返事はない。少し思案して、再び声をかけた。


「おい、負傷しているのか。顔を見せろ」

「……う」


微かな呻き声が上がる、これは普通ではない。不用意に近づいて良いものだろうか。

ふぅ、と吐いた息が白い煙となった。行き倒れか。このまま放置されれば彼の命は無いだろう。

しかし、これ自体が罠だという可能性もある。さてどうしたものか。


……ままよ。

一度声をかけておいて捨て置けるほど、割り切って生きてはいない。

下馬して、ゆっくりと近づいていく。


「どうした。兎に角こちらを見ろ」


反応はない。手をかけて、上を向かせる。

よく日に焼けた褐色の肌。くりっとした瞳を持つ少年であった。

ふっとアイヌという言葉が頭をよぎった。しかし、この明而において彼らがどういった境遇であるのか不明であるし、何しろ今世で出会った事もないのであるから、この少年がそうであると断定はできない。

彼はほとんど何の抵抗もなくこちらを見る。見るというより向いているだけだ。目は開いているものの、焦点が合わず瞳が揺れていた。

あまり良い状態とは言えないようだ。


ざっと手を触れて調べて見るが、外傷は無いようだ。しかし意識ははっきりしておらず、呼びかけへの返答も曖昧である。

低体温症か、それとも何かの感染症でも患っているのだろうか。

何にせよ加温が急務である。

この極寒の中、然るべき装備も無いまま雪に埋もれておれば長くは持たない。自分の毛皮の首巻きと外套を外して、少年に身につけさせてやる。

そのまま少年と共に馬の背に跨った。前に少年を抱えるように乗せる。二人乗りなど慣れぬ作業に手間取るかと思ったが、案外易かった。

明而の馬は背が低くがっしりした身体つきのものが多く、平成の頃に競馬で見たようないわゆる馬とは毛色が違う。


「連れて行くしかないか」


せめて火のある場所へ。

誰にでもなく、口の中でそう呟いて馬を歩かせた。

力の入らぬ様子で、ぐったりとしている少年の体を決して落とさぬようにと気をつけて。



……



半刻もしないうちに目的地にたどり着いた。

それは半ば雪に埋もれた小屋の集まりだった。

いつか狩猟の時期に使っていた山小屋を思い出す。爺様と吉五郎は今も達者でやっているだろうか。

山は空が近いが、この空を彼らも見ているのだろうか。


いや、感傷に浸っているような場合ではない。

前の小屋に再び目を戻した。ここは敵前線の観測の為に高台に設置された施設であり、いくらかの通信機器と観測機器が入っている。いわば見張り小屋である。

小銃を携えた歩哨の兵が訝しげにこちらの様子を窺っていた。当然だろう、具合の悪そうな少年を抱えた将校が突然訪れたのだ。何事かと思わないはずがない。

馬上から彼に声をかけた。


「穂高進一少尉だ。浅間中将の特命で視察に来た。被害状況と攻撃再開の目処の調査である」

「了解しました!ところでそれは……」


視線の先には私が抱えている少年。それはと言われても、これがなんなのか私にも分からん。


「うん。調査の為に道中で拾った。おい、中に入るぞ」


そう言って馬を降りて、有無を言わせず彼に手綱を預けた。ぐっと力を入れて手の中に押し込む。


「しっかり休ませてやってくれよ」

「は、はい」


適当に言いくるめて歩哨をあしらった後、急場こしらえの割には立派な小屋に上がり込んだ。

中に居た現場を取り仕切っている隊長に適当に挨拶を済ませた後、そこらの者に鍋に湯を沸かすように指示を出した。

部隊長は日本人らしくない装いの少年を見て、一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、ルシヤとも顔つきが違うので一人納得したようである。

鍋に沸かさせた湯に雪をいくらか突っ込んで適温にしたあと、少年の手足をそこにつけてやって温める事とした。

やはり体温が下がりすぎていたのだろう、ゆっくりと回復に向かっているように見えた。

後の介抱を暇そうに座っている兵に任せて部屋を出た。


「穂高少尉殿」


声をかけて来たのは此処の部隊長。谷川少尉と言ったかな。


「はい。世話になります」


挨拶もそこそこに、谷川隊長が切り出した。


「それで視察と言うことですが」

「ああ、前線はどうなっていますか。雲に包まれたと聞いております」

「そうですね……百聞は一見にしかずと言いますから、直接観察されるのが良いでしょう」


そう言って彼は私を外へ連れ出した。小屋から少し離れた場所で、ある方角を指差す。

目を向けた先では、ほのかに黄色味のある雲がその一帯を覆っていた。まるで雲の海、雲海のようだ。想像以上に規模が大きい。遠眼鏡を使うまでもなく裸眼でも明らかに分かる。


「あすこはまさに地獄の一丁目です。なんとか帰って来られた者も、五体満足とはいかれない」

「ずっとあの様子ですか」

「そうです、あれ以来は同じ光景です」


風吹けばすぐに流れて霧散する、と楽観的に考える事も出来ないようだ。地形がそうさせているのか、天候がそれを許しているのか。

理由はわからないが、しばらく滞っていると考えて良さそうだ。

難しい顔をして唸っていると、谷川少尉が口を開いた。


「あれがルシヤの新兵器、毒ガスというものですか?」

「恐らくは。少なくとも司令部はそう見ています」


憎きはルシヤの識者だ。この地獄の雲が何を起こすのか知らぬ訳ではあるまい。

土地も民も、後がどうなろうと知った事ではないということだ。もっと言えば我々の事など人間とも思っておらんのだろう。


「攻撃再開の目処と言っても、全ては厚い雲の中だ。この様子では何も分からんですよ」

「そうですね。私はしばらくここでお世話になります。何にせよここから観察して、雲が晴れるのを祈る他ない」


どうするべきか。攻撃が遅れれば遅れるほど戦況は不利になるだろう。しかし無策で毒ガスの中に突っ込めと兵に指示しても、無駄な死人が増えるだけだ。

眉間にシワがよるのを感じる。その時、谷川少尉が口を開いた。


「寝床を一つ用意します。高級宿じゃありませんから、寝心地は保証できませんがね」

「あぁ枕が変わって寝れぬかも」


にやりと声に出さずに笑って言った。


「ご自分の枕を持って来ていないんですか?」

「馬の背に積むのを忘れていました」

「それは災難でしたね」


いくらか冗談を交わした後、小屋に戻ることにした。



……



「はい、はい。そうです。了解しました」


通信係に電話を返して、粗末な椅子に座りなおした。中将に現状の報告と、攻撃再開の目処が立たない事を伝えたのだが。


……疲れた。

慣れぬ馬での旅に加えて、全く良い話の無い一日だった。


「穂高少尉殿」


後ろから声をかけられた。振り向きながら、なんだと問う。


「連れて来た子供が目を覚ましました」

「ああ、良かった」

「しかし少し問題が」


問題、問題、また問題だ。


「今行く」


そう言って立ち上がった。

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