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元自衛官が明治時代に遡行転生!なんか歴史が違うんですけど!?〜皇国陸軍戦記〜  作者: ELS
第1章 少年期マタギ時代

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第8話.見エザル敵

第8話.見エザル敵



大きな月は雲間に隠れ、辺りは真っ黒い墨汁をこぼしたかのようだ。屋敷の中からも光は見えない。

村落の女子供は全て此処(ここ)に避難しているはずである。しかし目の前の屋敷からは人の気配が感じられない。


風が一つ吹いた。

その風に乗って聞いたこともない低音の、異様な唸り声が聞こえてきた。屋敷を囲む九つの灯りが揺れた。

確かに居る、ここにヒグマが。


「池口一査、突入しますか?」

「いや、暗すぎる。この視界では危険です、社屋の外から一斉に撃ち掛けましょう」

「うむ……少し待て」


三名の警官がどうでたものか、作戦を決めあぐねているらしい。決断を迫られた池口一等巡査が髭を触りながら何かを考えている。

その間にも羆のものらしい唸り声と、ごりごりと妙な物音が聴こえる。そう届く声は羆の唸り声のみだ、人のそれは聞こえてこない。


鉄砲は私の持っているものを入れて五挺。警官二人が二挺、村の男達が二挺持っている。

その全ての銃口が、大きく破損した表戸に向けられたまま静止していた。


「屋内からは人の声は無い、今発砲すべきです。射撃後に突入する方が危険は少ない」

「いや、生存者が居るかもしれない。息を潜めて隠れている可能性があります。村民の命を危険に晒す訳にはいきません!」

「池口一査!」

「……待て」


鉄砲を構えたまま、池口巡査の指示を待つ。

風が止んだ、地面に立てた松明の炎だけが時間の流れを伝えている。

雲の切れ間から、月が顔を出した。月明かりに照らされながら池口巡査が口を開いた。


「突入する、村民にこれ以上被害は出せない。俺の後に続き、合図で一斉に射撃せよ」


静かな指示に、全員が黙って頷いた。

真ん中に立つ池口巡査がサーベルを抜いた。その左右に鉄砲を構えて並ぶ。銃を持たない者は、手に松明を持った。

玄関はまるでトラックでも突っ込んだかのように戸がめちゃくちゃに壊され、ぽっかりと穴を開けている。

八名がひとかたまりになって、大蛇の顎門のように大きく開いたそこへ、歩を進める。



ざきゅ……ざきゅ……



凍えるような寒さが、もう今は何も感じない。



ざきゅ……ざきゅ……



玄関口を松明の灯りが照らし始めたが、まだ中を伺うことはできない。緊張から口が渇く、ごくりと一つ唾を飲み込んだ。銃口は暗闇の向こうへ向けたままだ。


先頭の池口巡査が玄関の敷居を超えた。片手には抜き身のサーベルを、もう片方の手には松明を持った姿勢である。

土間に乗り込んだ我々に飛び込んだのは、むせ返るような血の匂い、そして獣臭。ここで最悪の事態が起こったのは明らかだ。


頼りない松明の灯りに、ぼうっと照らされて、板の間に何者かが座っているのが見えた。髪は長く女のようだが、随分背が低い。子供だろうか。


「そこにいるのは誰か!?」

「……」


巡査が、座ったままの人影に誰何(すいか)した。しかし応答はない。


「返答なきは熊か!」

「……」


小銃を持った者が銃口を左右に振り、周囲を警戒する。動く者は何もない、突入前に聞こえていた唸り声も聞こえてこない。

羆はどこへ、裏から逃げたのだろうか。

池口巡査が土足のまま上がり、ゆっくり近づいて人影を覗き込む。


照らし出されたその姿に息を呑んだ。


背が低いのではない、その女は身体が半分しか無かったのだ。腰から下が衣服ごと引き千切られて絶命していた。

雪袴(モンペ)の切れ端か、それともなにかの臓物か。赤黒い何かが腰の辺りに引っかかるように残されている。


「ひっ」


雪倉戸長が小さく呻いた。

大柄だがインテリ風の彼は、見た目通り血生臭いのは苦手なようだ。いや彼でなくても、普通の神経であれば具合が悪くなってもおかしくない惨状だ。


改めて付近を見やると、どうやら人間の一部であろう物があたり一面に散らばっている。

明らかに一人分より多い。あまりの出来事に、誰もが声を失った。


その時、奥の部屋から雷のような轟音が轟いた。慌ててそちらに向かうと木製の壁が原型を留めぬほど破壊されており、大きな穴が出来ていた。


「逃げたか!?」


素早く壁際に駆け寄ると、外には巨大な足跡と何かを引きずった跡が残されていた。痕跡に残された赤い鮮血が、それが何を意味しているのかを物語っている。

サーベルを鞘に納めた池口巡査は、背筋を真っ直ぐに伸ばし大きな声を出した。


「これよりヒグマを追跡する。このような悪鬼は早々に命を絶たねば、犠牲が増える前に!」


威勢の良い巡査の指示に、口々に了解の返答をする。しかし制服組も、村落の男衆も松明の灯りで照らしてさえわかるほど、顔が真っ青になっていた。おそらく、鏡があれば私の青い顔も見れた事だろう。

裏山に続く足跡を見ながら、そう考えたのだった。

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