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元自衛官が明治時代に遡行転生!なんか歴史が違うんですけど!?〜皇国陸軍戦記〜  作者: ELS
第3章 明而陸軍士官時代

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第74話.雪降ル夜「天城視点」

第74話.雪降ル夜「天城視点」



時は戻り、十二月十日昼。

ルシヤが国境を侵した日の事。

国境線を監視、防衛する部隊に彼はいた。天城信之(あまぎのぶゆき)中尉。そう穂高も所属していた第二小隊の、小隊長を務めた天城である。


中隊を預かる天城(あまぎ)は、まだ日も沈んでいないというのに暗く淀んでいる空を眺めていた。

しんしんと降る雪は、この数日止むことなく続いている。

深く掘り抜いた塹壕も、その土で築いた土嚢にも白い雪が覆い積もっている。必死で積み上げた物が、全てが容赦なく塗りつぶされていく感覚だった。


兵らは代わる代わる低きにつむ雪を掻き出し、作り上げた地中の城を維持しようと努めている。

まるでダムの底のような、沈んだ雰囲気の陣地に天城は内心おびやかされた。


「月山少尉、そんなにか?」


そんなに、重装備でないといかんのか。部下である月山少尉が、あまりに物々しい姿だったので驚いた。

毛の耳あてに、毛皮の首巻き。口元まで覆われて、来るべき寒さに備えている。


「はい。もっと冷えますよ」


明而陸軍の防寒は支給品以上の物は、自費で揃えるのが慣例となっていた。冬季用の外套などは支給されてあるが、そんなもの一枚でどうこうなるものではない。

天城は北部雑居地の冬は初めてであったし、部下も半数は内地の者である。

冬は冷たいとは聞いていたが、どれ程のものか予測が立たずに、見通しの甘いものも一定数存在している。月山君に比べれば俺もそうだ。


「そうか、兵らにも注意せねばな」

「これからもっと寒くなりますよ。一番寒い時は、氷点下二十、三十度というのもありますね」

「数字を聞いてもよくわからんな」


「濡れた手拭いを、こうやって……振るえば」と言いながら月山少尉は、手振りで空中に円を描いて見せる。


「振るっておるうちに凍りつきます。もう、そういったように冷えますよ」

「それはすごいな」

「はい。一瞬にて手拭いが凍るのだから、外気に晒され続ける外套などわけない」


再び、空を見上げた。

一向に止む気配のない雪が、静かに降り続いている。



……



「「えいさっ!ほいさっ!」」

「よし、交代で休んでいる者も手を揉み、足踏み!忘れるなよ!」

「「はい!」」


命じられたまま穴掘りをしている兵らに声をかけて回る。

凍傷は身体の末端から始まる。寒冷地での穴掘りは交代で作業をして休息を取り、休んでいる者にも定期的に手足を動かさせるのだ。


これは穂高少尉が軍学校時代に、経験をもとに提唱したらしい。なるほど理にかなっているようで、今ではすっかり定着している。

また靴下や下着の予備が全員に行き渡るように配給されるようになったのも、彼の報告書がキッカケだと聞いている。


あいつはどうにも不思議な男だ。

人当たりの良い普通の青年だが、何かコトが起こると、躊躇なく決断して突き進んでいく。そして、彼の決断は正しい選択である事が多い。

穂高が補佐になった前戦闘でもそうだ。

俺より若い筈の彼だが、まるで年季の入った古参兵のような安心感を抱いた。知らず知らずのうちに、俺は彼の言葉を頼るようになっていたのだ。

彼は北部雑居地(このち)に詳しい地元の人間だから。いや、それだけではない何かがある。

あいつには持って生まれた「何か」がある。

人はそれを才能だとか呼ぶのだろうか。


「上には上がいる。そうなのかも知れんな」誰にも聞こえん音量で、ふっとそう言いながら口端をゆがめた。

俺も同輩の中では抜きん出て、天才などと呼ばれる事もままあった。今もこの歳で中尉に進級し、中隊を任されるまでになった。それを得意がるわけでは無かったのだが……。

才では穂高には勝てんかもな。



……



同日、夕刻。

思った以上に短い昼が過ぎさった。

いつの間にか雲は晴れ、茜の太陽が残していった赤が空を支配している。

栄えるのものはいつか衰える。絶世を誇っていた雲と雪が、今はすっかり赤い色に従っていた。


「あっ……!クソったれ!」一人の兵が叫んだ。掻き出したはずの雪が屋根のように張り出しており、それが塊となって彼の居る塹壕内に落ちて来たのだ。

皆が疲れた体に鞭打ち、土中の城を維持するのに必死になっている。ずしりと積み重なって圧縮された雪はもはや氷の塊であり、小さな円匙では崩す事ができない。鉄製のつるはしを持ってしても、体力と根気のいる作業である。


「掩蔽壕の深さが命の長さだと思え。なんとしても維持しろよ!」


大声で命令する。

いつ終わるとも言えぬ、土と雪との格闘。

それを強いられている者達の中から、既に寒さや病気にやられた者、不慮の事故に見舞われた者など、毎日何名かは脱落していっている。

敵の目の前で溝を掘り、中に隠れて潜んでいる。言葉にするとそれだけの事だが、それが兵らの精神と肉体の両方に想像できない程の負担を与えるのだ。


遅々として進まぬ作業に少しばかり苛立ちを覚えるが、焦ってもしようがない。いたずらに兵を急かして消耗させても良い方向には向かわぬだろう。

荒んだ心を振り払うように、懐から煙草を取り出して一服する。

ふぅと音を立てて、一つ煙を吐き出したその時。


ドォン!!


轟音が辺り一帯に響き渡った。

直後に衝撃。土と雪が混ざり合い、めくれ上がって宙に浮いた。


「ルシヤの砲撃か!」


ドォン!ドドドドォン!!!


続いて、無数の榴弾が日本の陣地に降り注いだ。まるですぐ隣に雷が落ちたかのような騒々しさだ。

何もかもが吹き飛ばされていく。


「来るぞ!掩蔽壕の奥へ!頭を出すなよ!」

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