第70話.派閥
第70話.派閥
中将を狙撃した二人組の男達は、二人とも明而陸軍の将校であった。生き残った方の男も動機などは黙して語らず、獄中で自刃した。
また、この一連の事件については緘口令が敷かれ、軍内外で語る事を禁ぜられた。
先の軍事衝突によって、国外からの侵略の脅威を体験した明而陸軍。
その経験より土地をおさめるという性質の組織である鎮台から、有事の編成として東北鎮台を土台に兵員を増強。国外の脅威に対抗出来る部隊単位、師団を再編成した。
その浅間師団を預かるのが浅間中将である。
陸軍将校がその将軍を撃つというのは、新聞も放っておかない大きなニュースである。しかし相当な圧力があったのだろうか、この件については記事に取り上げられる事はなかった。
……
数日後。
治療中の浅間中将から病院に私は呼び出された。
「中将閣下、具合はいかがですか」
病室の白いベットは私が寝ている時は十分な大きさに思えたが、彼の大きな身体と比較すると、随分小さく見える。
上半身だけを起こした形の中将に声をかけた。腹には痛ましく包帯を巻いているのが、覗いて見える。
「穂高君か。この通りだ、何とかな」
「私がお側におりながら閣下に負傷を許すなど。言葉もありません」
直立したまま、まっすぐ頭を下げた。
そうだ、隣を歩いていたというのに。私がもう少し早く凶徒を察知できていれば、結果は違っていたかもしれない。
「いや、良くやってくれたよ。君の働きで俺は今生きている。頭を上げてくれ」
「……はい。ありがとうございます」
一つ返事をして、顔を上げた。
しばらく間を置いた後、中将は私から視線を外して口を開いた。
「敵は敵だ。敵に撃たれるというのは、わかる」
しかしな。と言って続ける。
彼のその表情は、般若もかくやと激しい感情が透けて見えた。赤黒い炎が目の奥に宿っている。
「身内に狙撃たれるというのは、どうにも腹に据えかねるな」
彼の視線は、どこか一点を見つめてどっしりと座っている。
「身内で争うなどと、こんな事をしている場合ではないだろうに」
私は吐き捨てるように言った。国外よりの脅威が、眼前に迫って来ているというのに、それでもなお一致団結できないとは。
ぐっと手のひらに力が入った。
「およそ、見当はついている」
はっとして、中将の次の言葉を待った。
「識者を、陸軍に取り込むべきでない。そう考えている者達がいる」
「……先日、派閥があると」
「そうだ。識者の記憶などに真実は無いと、そして危険なそれらに頼らずに敵国と対話すべきだと。そういう連中がいるのだ」
私が識者であることを差し置いても、甘い。思わず口から批判が出る。
「対等な力も持たず何が対話か」
中将がその私の言葉に、頷いた。
「識者を軍で利用しようとする俺が北部雑居地を任されたのが不満なのだろう。それも良い。だが、実際事件を起こしたというのは許される事ではない」
「潰す。反対勢力は押し潰し、明而陸軍は一つにまとめる。そして我が国の軍備を増強するのだ。そうせねば、列強に対抗する事はできん」
彼は矢継ぎ早に言葉を重ねていく。
「そしてルシヤも、清国も、識者を持っている。では、絶対にそれを使わねば。四半世紀も待たずに地図から日本国が消えるだろう」
「国家存続の為にはなんでもする。国と、民を守れるならばな……っ」
そう言い切った後、彼は突然苦悶の表情を浮かべた。じとりと額に汗を浮かべている。
「閣下!」
「……ああ、大丈夫だ。少し休ませてくれ」
そう言うと、そのまま浅間中将は横になった。




