第62話.膠着
第62話.膠着
「押し返せッ!」
「中に一人も入れるな!」
岩場を縫って侵入せんとする敵を、銃剣を繰り出して阻止する。突き出した刃を引き抜き、蹴り出して外へ押し出した。
砂埃を上げて、転げていくルシヤ兵。それを見送るより早く、岩陰に身を隠して小銃を操作する。誰よりも素早い動作で銃弾を薬室に送り込み、身を乗り出して引き金を引いた。
ドォン!
一直線に走り寄る黒い影が、一つ後ろに転げて落ちる。大地が黒と赤と、泥色に染まっていく。
姿を見せた途端に、銃火が見える。
ヒュル!ヒュウン!!
鉛玉が空を切る音。それがすぐそこから聞こえてくる。
この身に当たってくれるなよ、そう願いながら引き金を引いていく。一つ二つ……五つ。五つの弾丸が、ルシヤ兵の身を引き裂く。
再び身を遮蔽物に隠して、弾を込めようとするが、槓桿が動かない。
硬い。
乱暴に扱ってヘソを曲げたか!こんな時に。
持ち手を握り直して、落ち着いて再びボルトを上げて引いた。一瞬の引っ掛かりを見せたが、無事に排莢を行った。
本体を失った薬莢が、宙を舞う。
取り出した挿弾子を排莢口から押し込んで、五発の銃弾(6.5mm)を装填する。
金属が擦れる音を立てて発射の準備が整った。
再度、身を乗り出して群がってくるルシヤに撃ちかける。
ドォン!
被弾した敵兵が、その仲間と連れ立って仰け反り、後ろ向きに倒れる。そうした様子を見て、彼奴等が動揺しているのが手に取るようにわかる。
突撃の勢いも、声も、弱まっているようだ。
威勢が良いのは最初だけか。隠れながら、ろくに狙いもせずに弾を撃ってくる者もいる。
無駄弾だな。狙いすまさずに放った弾丸は命中しない。当たるのは、目で見て照準を合わせた弾だけだ。
チッ!
耳のすぐ側で、何かがかすめる音。軍帽に当たったらしい、後ろ向きに引っ張られる感じがした。
直撃でないとは、ツイてる。
装填されている弾を全て吐き出して、再び身を隠した。
腰背部の弾薬盒を右手でまさぐる。その中にはあるはずの挿弾子が無い。左右の弾入れにもである、弾切れということだ。
「おい、弾をくれ!」
「穂高少尉、使って下さい」
私の声を聞き、転がるように隣に来た九重一等卒が、腰の弾帯を外して弾薬盒を置いた。
それを認めて彼の顔を見る。その右肩はべっとりと血で濡れている。
「肩が砕けました。小銃は扱えません、少尉が使って下さい」
そう言いながら、左手に銃剣の持ち手を握った。着剣せずにサーベルとして使おうという腹である。
「私はこれでやります」
「わかった。陣地からは出るな、侵入するものを迎え撃て」
「はい。一人は道連れにします」
それ以上は何も言わずに、黙って頷く。
受け取った挿弾子を押し込んで小銃に弾を込める。それが終わると、素早く身を乗り出して射撃した。
ドォン!
……
散々に撃ち込んで、撃ち返されて。
幾たびか彼奴等の前進を食い止めたところで、敵の足が明らかに鈍ってきた。周りを囲んではいるのだが、もはや突撃は行わず射程外で散発的な射撃があるのみである。
右目の上から出血をした天城小隊長がこちらを見て言った。
「そっちはどうだ!」
「こちらは、来ていません。動きが鈍い」
「そうか。こちらもだ、奇策でもあるのか。それとも……持ち堪えたのか」
持ち堪えたか。
突撃を阻止できたのであれば、僥倖であるが。どちらにせよ、押し込んで来ないのであれば願ったりだ。
「で、あれば良いのですが」
「思いもよらぬ反撃ゆえに、思案しているのやもしれんな」
岩場の陣地の中には、ルシヤ兵の死体と手負いの日本兵。どうやら首の皮一枚繋がったようだ。一人も欠ける事なく、ひとまず持ち堪えた。
その時、一人の兵が何かを指差して言った。
「小隊長!こいつ、まだ息があります」
その声の方を見ると、片目が潰れたルシヤ兵が転がっていた。それはうつ伏せに倒れて小さく呻いている。
「良し。捕虜とする、縛っておけ」
装備を取り上げて、後ろ手に縛り自由を奪う。少し朦朧としているようだが、意識はありそうだ。
「意識はあるか。穂高、話せるか」
ルシヤ語ができるのが私だけであるので、やはりお鉢が回ってきた。敵兵を仰向けにして、問いただす。
「おい、声は出るか?」
数秒の沈黙。
だめか。そう思った時、ぜいぜいと異音を鳴らしながらルシヤ兵が喋った。
『ご、ふ……投降しろ。お前らの仲間は全て死んだ、戦う意味は無い。この場所は取り囲まれている』
「なに?」
『ぐ……武装を解除して投降しろ。お前らの仲間は全滅だ、諦めろ」
穏やかでない第一声に、彼の潰れていない方の目を見る。しかし、その焦点はイマイチあっていない。まるで虚ろだ。
こいつ、何を言っているのか。




