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元自衛官が明治時代に遡行転生!なんか歴史が違うんですけど!?〜皇国陸軍戦記〜  作者: ELS
第3章 明而陸軍士官時代

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第46話.教育隊

第46話.教育隊



「前えぇぇーーー……進めっ!」


ザッザッザッザッ


「ぶんたぁぁぁい……止まれっ!」


ザッ!


辺りから、基本教練の掛け声が聞こえてくる。いまだかつてない程の人間の数であるが、北部方面総合学校は敷地の広さだけは充実しているので、集まった兵達も十分収容できたようだ。

黒い軍服が、それぞれ十名ほどの集団になってなにか教練を受けている。その音頭をとっているのは見知った顔が多い。


「気を……つけいっ!!」


号令の言い方にはコツがある、後半部分を大きな声で短く発声するのだ。そうすると、兵は動きやすい。

卒業して任官後、すぐに私の仕事は決まった。北部方面総合学校に召集されつつある兵に、教育を施す役割。つまり新兵の教育係である。

私がこの二年余りで習得した技術や知識の中で、必要な事柄を短期間に叩き込むのだ。


「小隊長殿に敬礼ッ!」


バッと私以下、十名の兵が同時に動く。

右手を上げ手のひらを左下方に向ける。おおむね軍帽のひさしに人差し指がかかるくらいの高さに挙上した。いわゆる敬礼である。

私達のそれを確認して、小隊長が敬礼を返した。彼が直接の私の上官に当たる。


「俺が第二小隊長、天城(あまぎ)少尉だ」


透き通った声で言った。色白ですらりと背の高い男である。何やら良い所の産まれらしいが、詳しくは知らない。そのまま、彼が我々をジロジロと見回して言った。


「うん、良い顔だ」


言いながら、新兵達の手を触って、敬礼の角度を手直ししていく。手のひらの角度を調整しては、首を傾げてもう一度微調整する。

歪みを指摘するわけでもなく、まるで美術品の角度でも修正しているかのようだ。

天城少尉(あまぎしょうい)は何度か試してみて、しっくりいったのだろう。「ヨシ」と頷くと、一歩離れた。


「俺もこっちに来たばかりだが、貴様らもそうだろう。この地の勝手は穂高が良く知っておるだろうから、しっかり習ってくれ」

「「ハイッ!」」

「では穂高君、あと教育を頼むよ」

「はい」


そう言うと、すぐに去って行った。方々で顔を見せて歩いているのだろう、忙しそうではある。

敬礼を解いて、召集された兵達の顔を見る。半分は兵役経験のある予備役だが、半分は徴兵されたばかりの人間だ。

向かい合って、自己紹介した。


「わしは穂高進一(ほたかしんいち)、貴様らの教育を任された。まず教官と認識してくれたら良い」


ざわざわと空気が濁る。

先まで小隊長がいた時の緊張が解けたゆえか、単純に私を舐めているのか。


「何か質問はあるか?」


一人の男が、一歩前に出て口を開いた。


「その身長でも全員に声が届くのですか。見習い士官殿」


くくく、と数人が後ろで笑いを押し込めた。

見習い士官殿、という呼称は普通は使わない。侮蔑の意味を含めて言ってくれているのだろう。

全く、こういう時に身長が低いというのは不利だな。威圧感を与えないのは良いのだが。


「貴様!教官殿に向かってなんだその口の利き方は!」

「チッ、うるせえな……」

「なんだと、貴様!」


古参の兵がたしなめるが、新兵は止まらない。彼は少々身体つきが良いようだ、そこからくる間違った自信からであろうか。今にもつかみかかって袋叩きにでもしようかという兵たちを制して言った。


「いや、良い。それより質問はなんだったか三輪(みわ)二等卒」


そうして、話を振る。


「……そ」

「貴様、奈良で車力(しゃりき)をしておったようだが、そこでそんな口の利き方を習ったのか?それとも男ばかりの三男だからか?」


向こうの言葉に被せるように言った。


「何が!」

「口の利き方には注意しろ。その場で腕立て伏せ十回を命ずる」

「なんだと!」

「できんのか?」


しんと、一瞬の静寂。

もはや誰も笑ってはいない。

三輪(みわ)二等卒以外は固唾を呑んで、我々の動向を見守っている。この対応如何(たいおういかん)で彼らとのパワーバランスが決まるだろう。


「腕立て伏せはできんのかと聞いている」

「ふざけんなっ!」

「十回もできんか、貴様の腕は見掛け倒しか。それともやり方がわからんのか」

「……やってやるよ」


彼は黒い上着を脱いで、白いシャツをまくって地面に伏した。号令に合わせて上下するんだぞ、と念を押したらすぐに「わかってら!」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。


「では腕立て伏せ用意、1、2、3……」


三輪(みわ)二等卒が私のかけごえに合わせて、身体を沈めて、持ち上げる。腕っ節に自信があるようで、スムーズな動きだ。


「ろー……そういえば九重(ここのえ)一等卒、貴様はどこが出身だったかな」

「は、私は大分です」


六つを数える途中で、先程助け舟を出してくれた男に話しかける。腕立ての途中の三輪(みわ)二等卒が、沈んだままの体勢で震えて言葉を待っている。


「ほお、九州か。ここに比べれば随分暖かいんだろうな」


号令の続きが与えられない男は、顔を真っ赤にしながら姿勢をキープしている。やってみればわかるが、この体勢を保つのはキツイ。

ちらりと三輪(みわ)二等卒の方を見て、私の意図を汲んだ九重(ここのえ)一等卒が言った。


「良いところですよ。随分と暖かいし、海も綺麗だ。毎年良く泳いでいます」

「そうか、それは良いな」


「おい、早く!……号令をかけろよ」

「ん?なんだ三輪(みわ)二等卒。ああ続きだったな。ろーく、なー……」


再びカウントを始めると、すぐに九重(ここのえ)一等卒が口を開いた。


「教官殿は、海水浴の経験はどうなのでありますか」

「ああ、わしはー……あ、ないな」


前世の記憶を思い起こして、「ある」と言いかけて訂正した。


「海は良いですよ。とかく広いし、川より断然泳ぎやすい」

「ほぉ一度経験して見たいものだな」

「地元にくる機会があれば是非。ご案内しますので」

「うん」


腕立て伏せを途中で止められる三輪(みわ)二等卒は真っ赤な顔で固まっている。意地でもやり遂げてやろうという心持ちなのであろう。良い根性だ。

それを尻目に私は世間話を続けた。


それから。いくつか話題が変わって、ようやく「ここのつ」を数え始めた時についに彼は力尽きた。ばたんと音を立てて倒れたのだ。

どうやら気力より先に腕の限界が来たらしい。倒れたままの彼に歩み寄って、顔を覗き込んだ。


「なんだ?貴様、腕立て伏せの十回もできんのか。そういえば声が通らんとかどうとか言っていたな……」


何か言い訳でもしようと考えているのか、妙な顔をしている。私は上体を上げて、倒れたままの二等卒を見下ろしたまま叫んだ。


「立てィッ!!!」


山々にも響き渡るような大声での命令だ。その声の大きさに驚いたのか、ビクっとして立ち上がった。

残念ながら私は大声を出すのは得意なんだ、鹿を追うのに何度叫んだと思っている。何も言えずに立った彼のズボンについた埃を払って、まっすぐ姿勢を正してやる。

そして他の者にも全員に気をつけの姿勢を取らせて、言った。


「我々は東北鎮台第十一特設聯隊第一大隊第三中隊第二小隊である。了解したかッ!!」


「「「はいっ!」」」


ここから、私の軍人としての生活が。

そして新兵の教育が始まった。

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