第30話.選択
第30話.選択
東の空から日が昇る。
広場で点呼が行われた。黒い帽子に白い斑点を乗せた男たちが整列する。そう、天候は生憎の雪。そして風も強い。私の不安は的中した。
出発すべきか、天候の回復を待つべきか。いや愚問だ。無理を押して強行しても良い結果は得られないだろう。この様子では山中は更に過酷であることは容易に想像できる。
そうして待機している私に、「おい」と私に声がかけられた。岩木教諭である。はい、と返事をひとつ、彼の後をついて行く。
他の学生には見えない、家屋の裏手。その呼び出された場所には、村の樵夫らしい男と高尾教諭が待っていた。現地人の意見を聞こうというのだろう。
「それでどうだ」
「どうだ、とは?」
高尾教諭が口の端の煙草をくゆらせている。静かに煙草を指に挟んで、再び口を開いた。
「天候だよ、行けるかね。貴様はどう見る?」
指差しがわりにと、煙草の火をこちらに向けて言った。一瞬考えて応える。
「私は、見送るべきだと考えます。山の天気は読めぬものですので、好転すると決めて入山するのは危険であると」
「そうか、なら」
「天候回復まで出発は延期する」
私の言葉を受けて、高尾教諭、岩木教諭の両名があっさり決断した。現地の樵夫もそういう判断であったのだろう。そこで裏を取るために彼らは私の見解も聞くことにしたのだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
教諭らが柔軟な姿勢で進言を取り入れるのは、全く英断であえるといえる。衝突は免れぬものと考えていたが、良かった。
結局その日は、天候が回復することもなく村落でもう一泊することになった。
学生は待機との事であったため、私を中心に集まって、山中でのサバイバル術についての勉強会を行った。この時いくつかの方法の周知を行ったのだが、それが後で生死を分ける事となる。
そして合宿三日目。
二日目よりも吹雪が酷くなっていた。この日も私と、現地の樵夫の進言により入山は取りやめとなった。
予定通りの日程で進まぬ事に、教諭らは苛立ちを隠せぬ様子であったが、天候ばかりはしようがない。
私達は再び勉強会をして過ごす事となった。
そして合宿四日目。
村で思わぬ足止めを食らって三日目の朝。
風勢も弱まり、空には晴れ間も見え隠れしている。しかし、これは一時的な小康状態である可能性が高いだろう。
再び、教諭らに私と樵夫が呼び出された。今度は屋内で座っての話である。
「今日もやめたほうがいいべ」
囲炉裏を囲んでいる中、樵夫が言った。彼の判断はそうだ、私もそう思う。楽観的判断は死につながる。しかし、その言葉を聞いた瞬間、岩木教諭が怒鳴った。
「天候は回復の兆しを見せているではないか。貴様は宿泊費が欲しくて、そう言っているのか!」
声を上げながら床を拳で叩いた。怒気が含まれる声に、囲炉裏から出た火花が空を揺れる。
「待って下さい。私も彼に同意見です」
樵夫と岩木教諭の間に入る。
「歯痒い気持ちはわかります、私達学生も今か今かと時を待ち構えておりますから。しかし結論を急ぐべきではないと考えます」
反対の姿勢を取る私に対して、煙草の灰を囲炉裏に落としながら「ではどうすべきか。貴様の意見を言ってみろ」と高尾教諭が言った。
「天候が回復する。と決め付けての行動は命取りになります。今年は特に寒波が強い様子、撤収も選択肢の一つとして総合的に判断をすべきです」
「その選択は我々にはありえない。後に続く者達に道を開くのが北部方面総合学校の一期生たる貴様らの在り方だ。失敗も成功も、後に続く者の礎となる」
「命を落とす事になろうともですか」
「役目を果たせ」
足を組み直した高尾教諭が、続けて言う。
「それに旅費も、この足止めのおかげで想定以上に費やしている。このまま何の成果も上げずに撤収する事ができようか」
「しかし……」
何事か言おうとした時、遮るように今度は岩木教諭が口を開いた。
「滞在しようにも金は無い。もはや出発する他に選択肢はないのだ」
「了解れよ穂高。我等が北部方面総合学校は成果を出さねばならぬ。そうでなければ我等は……」
「……」
その後も数分時を議論に費やしたが、教諭の方針は変わらず。この雪風が収まっているうちに出発するという結論に達した。
奥歯で苦虫を噛んだような気分で、学生らが屯している場に戻る。私の雰囲気を察してか、いつもの感じで吉野が肩を叩いて言った。
「暗い顔すんなよ穂高!俺たちなら大丈夫やって。完璧に合宿成功させて教諭と後輩に北部方面総合一期生の力見せてやろうや」
「そうだな。いや、ありがとう吉野」
そうだ、決まったからには頭を切り替えねば。何を恨もうが意味はない。
全力で同期と共に生き残る。それだけを考えて行動するのだ。
そうして遂に出発のラッパが響き渡った。




