第26話.第二学年一大行事
第26話.第二学年一大行事
一年が経ち、私達は第二学年となった。
学年が上がり、がらりと変わる事が三つある。まず二期生となる学生が入学して後輩が出来たことが一つ目。
二つ目は実銃が貸与されて、各々が一挺の小銃を持つ事となり、射撃教練が始まった事だろう。私の射撃技術は誰よりも優れていた。
学校中、そう学生から教諭も含めて誰よりも。
それもそうだ、年季が違う。前世の記憶を含めれば、四半世紀以上も鉄砲を持っている計算になる。それこそ同期の生まれる前から小銃を握っているのだ。そして、この視力がある。これが大いに役に立った。
三つ目は、冬山に合宿(行軍)訓練がある事。
厳冬期の雪山に合計三泊四日だそうだ。学生の身分に無茶は言わないと思うのだが、この学校の事だから分からない。
さて、その合宿の一週間前。注意や装備の配給の為に、私達第二学年は体操場の一箇所に集められた。
引率は岩木教諭と英語の高尾教諭が担当するようだ。彼等が白衣の医者らしき人間を連れて現れた。
「ッつけい!!」
整列した者達が、号令で姿勢を整える。
「了解していると思うが、七日後に雪山合宿教練がある。注意点を医者に指導して頂くので、よく聞くように」
「「はいっ!」」
白髪で、頰の痩けた医者が傍から前に出て喋った。ぼそり、ぼそり。と何事か言ったようだが聞こえない。五十人からの人数に話しかけるような声量ではない。
近くで聞いていた高尾教諭が代わりに口を開く。
「はい、了解しました。ありがとうございます」
「「……」」
「良いか、医者の仰る通り。まず大切なのは末端の凍傷を防ぐ事、山中では休息中も常に足踏み、もしくは手を擦り合わせる事を忘れるな!」
ぐるりと、私達の反応を窺うように首を回して続ける。
「第二に、山中ではなるべく眠らぬように。凍えておる時に眠れば、凍死は免れんゆえ。休憩するに留め、酒を飲んで身体を温めよ。良いな!」
「「はいっ!!」」
お医者様の指示はそれだけであったようだ。彼は用事が終わると、白衣を引き摺るようにゆっくりとした足取りで校舎に戻って行った。
「以上!これから防寒装備の支給を行うので、順番に受け取るように」
灰色の空。
吹き抜ける乾いた空気の中、直立不動で自分の順番が来るのを待つ。雪山合宿以前の問題だ。日の当たらぬ曇り空の下、一月の寒風は身に染みる。
半長靴の中で、足の指先を上下に揺さぶっていると、同じようにもぞもぞと動いている吉野と吾妻が言った。
「さっぶいなぁ、今年はまた冷えるで」
「あぁ。こんな時に雪山合宿とは、教諭らは何を考えているのだかなぁ」
「そりゃお前。冬にやらんと、雪山合宿にならんやんけ。夏山合宿ってなんやねん」
夏山ね、そういえば。学生時代に学友との登山を思い出した。
「夏の山も綺麗で良いけどな」
「ほぉー、そんなもんなんや。山に綺麗も何もあるんか」
「あるさ。山の上からと下からじゃ見えるものも違う。登って見ないとわからんね」
そんな事を言っていると、自分の順番が来た。吉野と吾妻に軽く手を振ると、大きく一つ返事をして、防寒具を受け取りに向かった。しかし。
「装備は、これだけですか」
思わず口を突いた。毛糸の外套と制帽。軍足と軍手が一対のみだ。これに平時の服装で厳冬期の山中に入るのか?自殺行為だ。
八甲田山の雪中行軍遭難事件を知らんのか。いや、知らんのだろう。
「食料、燃料は当日配給する。官品に不満があるか」
いつもの鋭い目が、私を見下ろした。しかし、いかに教諭といえども意見しなければならない。
「厳冬期の登山で、このような軽装では自殺行為です。軽装にすぎます」
「貴様ッ!……いや。穂高、猟師をやっていたのだったな」
「はい。経験上、この装備では危険であると判断します。経験上、全滅もありえます」
欠けた方の眉を吊り上げて、一つ息を吐いた。何か考えているようであるが。
「だが、支給を増やす事はできん」
「岩木教諭!それではせめて、せめて軍足軍手の予備を配布願います!」
食い下がる。すると、観念したように言った。
「……何とかしよう。しかし、それ以上の官品の支給は認められない。他に必要な物は各自工夫して用意せよ。穂高、貴様が責任を持って学生連中の準備を徹底しろ」
「了解しました」
岩木教諭は頭がおかしいが、筋は通す。きっと予備の軍手軍足は手配するだろう。
私がすべき事は、この雪山合宿を無事に完遂できるよう準備するだけだ。
如何なる事があろうと仲間の命は守らねば。私の知恵を転ばぬ先の杖としよう。
ああ、責任重大だ。




