【第三部】第18話.意味
湖面から立ち上る煙が、薄い雲のように見える。風が耳元を引き裂いて、機体は興奮に震えながら上昇していく。
「はぁーっ、はぁーっ。ふぅ……」
二人は機体に身を預けながら、呼吸を整える。瞼を閉じれば、先程の男の影が浮かび上がってくるようだった。それでもしばらくして、機体が安定した飛行を見せ始めると、彼らは少しずつ落ち着きを取り戻す事ができた。
明継は身を乗り出して、下を覗き込む。桟橋はもう豆粒ほどの大きさになり、先程までの出来事がまるで別世界のことだったように感じられた。
「逃げられた、のかな……?」
明継が掠れた声で問うた。トリィは視線を一瞬、操縦桿から外して返事をする。彼女の額の血はもう乾きかけていた。
「ひとまず、そうかも。……怖かった」
震える声で、トリィが言った。それが本心だ。家族のように思っている明継を守らないと、その一心で気持ちを張り詰めていたが、彼女自身も十代半ばの少女なのだ。世の地獄を見るには早すぎる。
飛行艇は原動機の唸りを増しながら、雲の下を滑る。湖を離れ、山の木々が遠ざかって行く。
「俺、撃てなかった」
風にかき消されるくらいの小さな声で言った。後悔か、安心か。その声からは判断できない。
「うん」
前を向いたまま、トリィが返事をする。
「それで良かったと思う」
「でも……っ、助かったから良かったけど。俺、ウナさんが託してくれたのに……」
胸の中のものを思う。父上が持っていたという、六発の回転式拳銃。
「そうじゃなくて」
トリィは首を小さく振った。
「ここに来てから、ウナさんは一度も私達に武器なんて持たせた事はなかった。自治区には小さな争い事なんて何度もあったし、あの人自身は子供の頃から戦争やってるんだなんて言ってたけど……」
操縦桿を握る手に力が入る。
「私達には、まだ子供だからって、決して争い事には参加させなかった。遠ざけてた」
「でも。俺に銃を渡してくれたってことは」
明継は下唇を噛みながら言った。トリィの声がひとつ優しくなる。
「その銃は、お父様のものなんでしょう。それで戦えって言うんじゃなくて、何か別の意図があったんじゃないかな」
トリィは前を向いて続けた。
「私はそう思う」
明継も同じ方向を見る。空は山を越えて、遥か先まで続いていた。
「この銃の意味か……」




