【第三部】第16話.引キ金
パンッ!!
乾いた破裂音が、空気を切り裂いた。見えない何かがトリィの肩を掠め、桟橋に銃痕を増やす。
「トリィ!」
震えた声で明継が叫ぶ。男はわずかに眉が動いたのみで、銃口は彼らを向いたままだ。どこまでも冷徹な声で命令する。
「動くなと言った。手を見えるようにこちらに向けて、離れていろ」
男達は油断なく距離を一歩ずつ詰める。湖面で反射した光が、男達の濡れた衣服を鈍く光らせている。
銃口がゆっくりと明継の眉間に向けられる。ぽっかりとあいたそれは、まるで奈落の穴だ。亡者達がこちらに手招きしているようだった。胸元の拳銃が、心の鼓動に合わせて脈打つように感じられる。指先は凍りつき、喉がカラカラに乾く。
撃つ、撃たなければ死ぬ。撃てるのか。
思考が泥のように歪んで、明継の頭の中でぐるぐる回る。こんな時、父上なら、父様なら……。
「うわあーっ!」
明継は懐中から回転式拳銃を抜き放ち、両の手で構える。その行動に男達は、一瞬彼の持つ拳銃に目が奪われた。次の瞬間。
パンッ!!
乾いた音を立てて、男の片割れの頭蓋が吹っ飛んだ。力を失った四肢は、何をすることもできずに湖面に転落した。明継の拳銃ではない、彼が震えて握るそれからは、発射された形跡は認められない。
「なっ……!どこから!?」
その瞬間、トリィの目が僅かに細くなった。同時に彼女は飛び出した。踊るようにひとつステップを踏むと、身を翻して脚を振り抜いた。上段の後ろ回し蹴り。生き残った男の持つ拳銃を弾き飛ばした。それは宙を舞い、ゆっくりと湖面に着水する。男がゆらりと一瞬体勢を崩した。
「今だ、撃てっ!明継!!」
トリィが叫んだ。声がいつもの彼女ではない。数年振りに表出した、もうひとつの人格が明継に指示をする。
「ベア!?」
「良いから撃て!」
その声で、はじかれたように明継は動いた。震える指で拳銃を構え直す。この引き金を引けば先のように人が死ぬ。ただこれを引き絞るだけで。照準が揺れる、思うように身体が動かない。これのせいで目の前で人が死ぬのを何度も見た。どうしても指先が強張って、動かせない。
「撃て!!」
「で……できない!!」
銃は怖い、だがもっと恐ろしいのはその引き金にかかった自分の指先だった。その声を聞くやいなやトリィ、いやベアは、黒服の男に身体ごとぶつかっていった。男がバランスを崩して、一歩後ろに下がる。密着して、そのまま顎に掌底を一発。男の頭が揺れた。だが倒れるまでに至らず、返す刀でベアの頭に肘打ちを入れた。額を少しだけ切って、血が滲んだ。二人が組み合う。
「つあーっ!!」
掛け声一閃。相手の足首に足を引っ掛けて、体重ごとベアが押し出した。男は桟橋から転落して大きな水柱が上がった。




