【第三部】第14話.受ケ継グ
整備棟の裏手から何かが倒れる音がした。金属が擦れたような、悲鳴にも似た大きな音だ。熱風に乗って誰かが争う声がする。まだ敵の影は見えないが、誰かがすでに反撃を始めたようだ。
「狙いはなんだ……?」
辺りを確認しながら、ウナが呟く。首長の首か、飛行艇か、それとも彼女らか。どちらにせよ、車の影に隠れて亀になっているようでは事態は好転しない。
次の瞬間、彼の鼻先を銃弾が掠めた。火花を散らして車の外装に穴を開ける。明継とトリィの腕を引き、姿勢を変えて着弾した位置から離れた。
「明継、トリィ、走るぞ!」
「は、はい!」
炎の光に照らされて、橙色に塗られた地面を蹴って走る。整備棟に入れるか。そう考えて視線を送ると、その建物の二階部分のガラスが割れて、地面に降り注いできた。鋭い物が周囲に突き刺さる。
「どうやら満員らしいな。トリィ!飛行艇は。すぐに飛べる状態か?」
「はっはっはっ……」
声をかけられた彼女だが、浅い呼吸を繰り返すだけでどうにも返事が上手くできない。真っ青な顔で何かを伝えようとしていると、ウナがその震える肩を掴んだ。
「落ち着け。大丈夫、だろ?」
「はーっはーっ、はい。大丈夫、です」
物陰に転がり込んだ先で、しゃがみ込んでトリィの返事を待った。ひとつ息を整えると、彼女は答えた。
「飛べます。桟橋に係留してます。燃料も入ったまま……」
「よし、飛べ。明継を連れて、ひとまず空へ出ろ」
「でも、ウナさんは!」
「良いから行け!」
ウナの気迫に圧倒されて、トリィは黙って頷いた。明継は隣で黙ったまま、棒のように立ちすくんでいた。
「明継」
「あ……はい」
「父上を見つけてやれなくて、すまなかったな」
「そんな……!」
明継の父親、穂高進一。彼が行方不明になってから、その捜索を継続させてこれたのはウナの働きかけがあったからだ。ウナが胸元から、一丁の回転式拳銃を取り出した。それを明継に押し付ける。
「お前の父が持っていた物だ。お前が持っていけ」
「ウナさん……!」
ウナが立ち上がる。
「俺はニタイの長だ。ここを守る責任がある」
「……」
「行け!走れ!!」
ウナが怒鳴った。怒りではない、覚悟があった。トリィと明継は何か言おうとして、何も言えなかった。男達の声が近づいてくる。
「早く!!」
もう一度ウナが叫んだ、二人は息を吸って走り出した。桟橋の方へ、飛行艇のある場所へ。ウナは一人、その背中を見ながら呟いた。
「……なぁタカ。俺って、大人やれてたかなぁ」
そして、そのまま戦火の中へ飛び込んで行った。




