【第三部】第13話.戦士
昼を過ぎても、湖の空気はどこか張り詰めていた。普段であれば笑い声をあげながら作業をしている整備士達も、今日ばかりは無駄口を叩かない。金属が接触する音だけが、やけに耳に残る。
日が陰りを見せ始める頃、いつか聞いた自動車のタイヤが砂利を踏み締める音が聞こえてきた。
「戻ったぞー!どけっ、道を開けろ!」
整備主任がいち早く反応して駆け出した。暗い影を割ってウナの使っている車両が現れる。その薄く埃の積もった車から、運転席の扉を開けてウナの姿が現れた。
「旦那!連絡取れなくて……」
「ああ」
ウナは辺りを見回して、周囲の者の顔を確認しながら続ける。
「樺太に船が集まっているらしい」
「船、軍艦?」
明継が聞き返す。
「さあな。でも、何かあると思わせられている。その事実だけでこっちは大慌てだ。日本側とも話をしなきゃならんし……」
ウナが苦い顔で言った。その時。
パンッ!
乾いた音が響いた。ウナは咄嗟に近くにいた明継の頭を胸元に寄せて、車の影にしゃがみ込んだ。
「伏せろ!」
ウナが叫ぶ。一瞬の間をおいて、トリィと整備士達も姿勢を低くする。わっと桟橋の向かいの林から鳥達が飛び立った。
「撃たれるぞ、建物に入れっ!」
整備棟の近くでまだ何が起こったのかわかって居ない者たちに、ウナが叫んで指示をする。遠くの方で、男たちの叫び声と銃声がいくつか聞こえてきた。
「ウナさん!?」
「旦那!」
ウナは一瞬考えるような表情をする。だが、状況はそれすらも許してはくれない。
ドンッ!!
地面が揺れるような衝撃と共に、首長室の方から火の手が上がる。ガラスが割れ、宵闇が明るく照らされる。そこにいる者達の顔が恐怖に歪む。だがウナだけが一人、笑みを浮かべていた。
「あぁ、またか。今までに二回も部屋を焼かれた区長がいるかな?なぁ、主任」
「……いや。居ないでしょうな」
ウナの落ち着きはらった声に、整備士達もいくらか気持ちを取り戻したようだった。
「ニタイを舐めるなよ。こっちはとおの時から戦争してるんだ」
ウナがそう呟いた。




