【第三部】第3話.食堂ト
食堂の扉を開けると、ウナが一人、湯を沸かしていた。彼が自ら調理場に立つなんて珍しい。何を考えているのか、机のふちに身体を預けてぼうっとした表情を浮かべている。ふと入ってきた外の風に気がついたのか、ウナは立ち上がってトリィの方を向いた。
「おう、トリィ。寒かっただろう?」
「慣れました」
ウナは湯気の立ったマグカップを一つ、トリィに差し出した。明るい茶色のコーヒーだ。香ばしい香りが、鼻の先に届いた。
「指先が真っ赤だぞ。寒さに慣れたわりにはな」
笑いながらウナが言う。つられてトリィも笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
両の手でしっかりとカップを包む。手のひらから伝わった何かが指先をじんとさせた。真っ赤な指先がもっと赤くなりそうだ。
「明日も飛ぶのか?」
整備士長と同じことを言う。
「はい、明日はまた風が凪ぐと思います。あの子の調子も良いです」
「そうか。お前がそう言うなら良いんだけど」
ウナは言いながら、椅子に腰掛けた。
「ずいぶん危険もある。無理に飛ばなくても良いんだぞ。もし、ここにいる負い目を感じているなら」
「いえ、私がやりたいんです」
トリィははっきりと答えた。
「はじめてやりたいと思ったことができたんです。色々あって、ずっと逃げてきた人生だったけど。でも」
顔を上げてトリィがウナの顔を見る。彼はニッと笑みを浮かべていた。
「なら好きにしたら良い。やりたいなら応援するよ。俺だって今まで散々無茶してきたしな」
ウナが首を少しだけ傾けた。トリィは黙って頷いて、正面に座る。カップから登る白い湯気が消えるころ。食堂の扉が大きな音を立てて開いた。
「あっトリィ!ウナさん、もう食事は終わりました?」
着物の裾に泥をつけて、明継が入ってきた。彼もあの後、この自治区に残った者の一人だ。彼の父親が行方不明になったあと、その捜索隊に加わり、いつの間にかそのまま居着いたのだった。
「さっきまで食堂にいたと思ったら、どこに居たんだ。一緒に食べようと思って待ってたんだ」
「良かった!お待たせしてごめんなさい」
明継がウナに謝る。トリィは残りのコーヒーを飲み干すと、立ち上がって言った。
「よし、じゃあ明継。準備しようか」
よしきたと明継が袖をまくると、台所にあった鍋を覗き込んだ。
「良い匂い、これってウナさんが作ったんですか?」
「たまにはな。他はコックが作ったやつだよ、俺はその鍋だけだ」
「へぇー……」
明次の隣にウナが立ち、鍋を杓子でかき混ぜる。大きな肉がごろっと入った鍋だ。香辛料の香りが立ち上がる。トリィは食器を並べながら、ふと窓の外に目をやった。外では、整備士たちが大きな音を立てながら作業を続けていた。




