【第三部】第1話.空
眩むような陽射し。白銀に光る水面の、はるか上空を一つの影が舞う。空に原動機の轟音を轟かせながら、雲にならび飛ぶ。人類が翼を手に入れてから、どれ程の時間が経ったか。日輪を大きく回るように幾たびか旋回したそれは、その身を捻りながらゆっくりと降下してくる。真っ白い靄をつきぬけて濃紺の翼が水面の上を駆ける。虹の飛沫が弾けて、回転羽がそれを切り裂いて進んでゆく。付近の人間に主人の帰還を知らせるように、騒々しく水を掻き分けて飛行艇は着水した。
ざあっと水音と波。大きく水を割りながら、ゆっくりと進む。それを静かに見る一人の男。浅黒く焼けた肌。袖を捲り上げて組んだ腕は筋肉質で、古傷が癒えた跡を残している。飛行艇が桟橋に寄り、まだ動きが止まるか止まらないかといった時に、男は操縦席に座る人間に声をかけた。
「おい!さすがだな、鮮やかな着水だ」
その声に気がついたのか、パイロットはぺこりと一礼して操縦席から這い出てきた。
「どうなんだ?新しい形のものは」
「上空での旋回や高速飛行中は随分良いです。やはり低速での不安定さが課題でしょうか。振動がどうしても大きいです。着水時も良くない、難しいですね」
「そうなのか。簡単にやってのけているように見えるがな」
「何度やっても緊張します。冷や汗をかかされた時もありました」
とんとん、とステップを踏むが如く軽やかに羽を伝い、パイロットの少女は桟橋に降り立った。ゴーグルのついた赤いヘルメットを外す。黄金色の髪がふわっと宙を舞った。
「ウナさんは今日は見学でしょうか」
「うん。しかし今でも信じられないよ。初めてタカが連れて来たのを見た時は、ただの小さな女の子だと思ったんだけどな」
「少しは大きくなりましたか?」
「いや、そうだな。背が高くなったと言うよりは、本当に心の内が大きくなったように思う。まさか試験飛行操縦士を名乗り出て、その通りになってしまうんだからな」
その通りトリィは、まだあどけない少女のように見える。しかし、今ではこの施設で新型飛行艇のテストパイロットを誰よりも上手く勤めて見せている。ニタイ自治区でのあの事件の後、ウナは蛇が残した工場をそのまま再利用して航空機の実験場をつくったのだった。
「飯はまだだろう?用意させているから皆で食べようか」
「ありがとうございます。でも整備士の皆さんに報告しておきたい事もありますので、後で合流させて頂きます」
「そうかわかった。明継も居るから、あとで一緒に飯にしよう。先に食堂に行っているよ」
「はい」
小脇にヘルメットを抱えたまま、少女はウナに頭を下げた。ウナが去るのと入れ替わるように、奥から整備士の男たちが小走りで飛行艇に寄ってきた。




