【第二部】第91話.勝者ノ行方
【第二部】第91話.勝者ノ行方
「シッ!」
短く息を吹いてコンパクトに突きを繰り出すが、蛇男は左手に握った暗器を当てて回すようにしてそれを受け流した。
小さな火花が散る。目論見外れるとしるやいなや穂高は素早く身を翻し、反撃の一太刀を躱す。
「さすがに神の眼と言うべきでしょうねぇ」
ずいぶん身のこなしには自信があるようで、薄ら笑いを浮かべながら蛇男はそう言った。
「どこまで行っても人の眼だよ」
神だ神だと壊れた機械のように繰り返す蛇男に一言返すと共に、手首を狙ってナイフを横凪に払った。しかし狙いを悟られたのか、蛇男は小さく手首を捻ってそれを躱す。避けられた、と思う間もなく同時に側頭部を肘でしたたかに打ち付けられた。
耳の奥に直接ゴツリと音が鳴ったかのような衝撃に、ふらりと思わず二歩下がる。
「最後に一応聞いておきますねぇ穂高さん。協力するつもりはありませんかぁ?ここでこんな風に終わるのは惜しいでしょう」
「ふざけろ。あの航空機はどこへ向かった」
なんだと言うような表情で、ことさらオーバーに肩をすくめて見せる。
「ルシヤ領さ、世界初の航空機での爆撃が始まる」
「なに?」
「神の雷しか知らぬ人間たちが、天から人の炎で焼かれることを知る記念すべき日になる。」
「日の丸を背負わせておいて、皇国の仕業に見せかけてか。ずいぶん杜撰な話だ。そんな作戦が大人に通用するとは思えんが」
頭の痛みをコントロールしながら、一つ二つと呼吸を整える。今塗りましたというような日の丸を引っさげた飛行機が、ルシヤに爆弾を落としたからと言ってそれを口実にするような事があるものだろうか。まともな考えではない。
「どうでしょうねぇ。馬鹿の絵図でも、子供の悪戯でも。そこに蜜があれば群がる蟲どもはいるものだからねぇ」
「何が目的だ、皇国とルシヤに火種を作ってどうなる。もはやあの頃の皇国ではない。もし争いになれば、拡大する戦争は世界を巻き込むことになる」
今同盟を結んでいるイギリスはどう動く、ルシヤと同盟を結んでいるドイツは。ちっぽけな東の果てのいざこざが、ヨーロッパを、世界を巻き込むことになりかねない。
「それが良いんじゃあないか。大戦争、望むところじゃないか。必要なのは真実ではない、口実だ」
「清国も無関係ではいられんぞ、無論貴様もな」
蛇男はその割れた舌で、チッと一つ舌打ちをする。
「国などというちっぽけな枠に囚われるからそうもなる。先のことを見通せる人間と、今だけ生きれば良いという人間がいるんだよ。不完全な人間を淘汰して、先を知る人間がそれらを導く。それが人の世界の革新さ」
手に汗が滲む。ナイフを握り直す。
「革新だと」
「そう人が人を導く、人の国だ!」
言いながら蛇男は右手に持った黒塗りの暗器を投擲した。頭を振って間一髪でそれを回避する。かすめた刃で頬に一筋の赤い線が引かれた。
「人が死ぬのだろうが」
「人はいずれ死ぬ。千人死のうが万人死のうが、革新のあとの世は残された人のために約束される。それに老朽化した人類は新しいものにとっかわった方が良い。俺のような、もしくはお前ような人間がそのあとに立てば」
「人間を数字でしか見れないような男が、人の何を導くというのか」
蛇男は一つ投げつけた暗器の代わりの一本を、再び懐からゆっくりと取り出した。
「世に蔓延る馬鹿共が同じ過ちを繰り返すお陰で、神の国へ近づいているんだよ。人間は人間が舵を取ることでしか成長はない。歴史を変えたのはいつだって人間だ」
「傲慢な物言いだな」
「物のわからん人間が過ちを繰り返す。穂高、お前だってこちら側だろう。革新を起こすのをわかれ」
蛇男の言葉を聞きながらも、眼線はその身体にある。一瞬の隙を探りながら言葉を返す。
「正気とは思えんし、戯言にはつきあいきれん。だがどちらにせよ罪は償ってもらう」
「ハッ!やってみろ!もはや回り始めた。止めることはできない。俺はどちらでも良いぞ。お前が死んで俺が舵を取るか、俺が死んでお前のような識者が舵を取るのか。どちらにせよ人の世だ!」
狂人が。もはや語ることに意味はない。貴様の首を持って火種は消してみせる。




