【第二部】第88話.手榴弾ト小銃
【第二部】第88話.手榴弾ト小銃
金剛は五体が吹き飛ぶような衝撃を感じながらも、一瞬のうちに身をひねり上体を低くしていた。しかしながら相当な近距離で爆発した手榴弾の威力は凄まじく、空気を圧縮して生み出された衝撃波は体外に留まらず、体内をも走り破壊していった。ツラの皮が文字通り引き剥がされるような威力に、もんどりうって倒れ込む。
司馬伟の部下たちは金剛辰巳の死を確信した。だが、爆音が過ぎ去っていくらもしないうちに彼は立ち上がった。
圧力で内部が破壊されたのだろう。目と鼻から血を流したひどい顔を表に上げて、それでも裂けた唇を歪に吊り上げて笑ってみせた。
「こいつが手榴弾かぁ、得したな」
空を仰ぎながら、二、三度頭をゆっくり横に振るう。
「ああ、得したぁ。こんな経験、二度とねぇ。それでもってまだ生きてやがる。得したよなぁ」
言いながら金剛はぺっと何かを口から吐き出した。赤黒いものに混じって白い歯が、雨にぬかるんだ泥に埋まる。
「化け物か!」
「そうじゃねえから血も出るし、頭もくらくらすらあな。ほおら続きだ、殺し合いの続きだよ」
金剛の狂気じみた言動と行動に、流石の司馬伟の部下らも動揺を隠せない。恐怖に身がすくんでいる者、仲間の死を前にいきりたつ者が混在する。動物的カンから、それらを一瞬で選別すると同時に金剛は地面を蹴った。が、飛びかかろうとするも、体勢を崩してすぐに転げそうになる。間一髪踏み留まった。
「うおっと。ああ、左足と右手がイマイチきかねえんだな。耳と目もイカれてらなあ」
普通の人間であれば、即死していても不思議ではない衝撃だ。立っているのが奇跡。戦うなどととても考えられないダメージを負っているのだ。
「ま、いいかぁ。これはこれでやりようよ!」
負傷している右腕をふるって血を飛ばした。数滴の血液が、一番手前にいた男の目を直撃する。アッという間もなく、目潰しに驚いたところを蹴り込んだ。ズドンと重い音を立ててみぞおちに足先が突き刺さる。男はくの字に折れてその場に倒れ込んだ。それを確認もせずにその場をパッと離れると、ふらりふらりと頼りない足取りで射線を切りながら金剛は走った。パパッといくつかの光、遅れて銃撃音。火薬の匂いが雨に混じった。
金剛だけではない、皆が一様に命を賭して戦っている。たった一つの目的のために。その思いの糸が集まる場所、司馬伟の影を穂高は追う。一瞬でも顔が見えれば、射線が通れば身体に入れることができるものを。駆けながら両の手に握られた小銃に力が入る。
「いつまで保つか……!」
三度立ち木をかわして下りの斜面が少々緩やかになった時、穂高は目を疑った。いまだ手の届かないところにいる司馬伟が、身を此方に向けて高らかに笑ったのだ。
「ハハハハッ!!ほらほらどぉしたんですか!早く早く、早くこいよぉ!!穂高進一ィ!!」
「やめてください!タカに殺されます!!」
すぐさま、彼の部下が司馬伟を嗜める。しかしそれを振り払って、蛇は胸元から拳銃を取り出し、こちらに銃口を向けた。この距離では短銃での命中は難しいだろう。そんなことは司馬伟も理解しているはずである。
それでも、乾いた音を三つたてて三度引き金が引かれた。どの銃弾も明後日の方向へ飛翔して、ただの一つも穂高には命中しない。
「殺されます!死んでしまいます!逃げねば……」
「死にますぅ?死ぬんだよ!でなければこんなコトを、こんな風にするかよぉ!なぁ穂高さぁん!」
ハハハと大きく笑いながら、蛇男は曖昧な照準のままもう二つ引き金を引いた。錯乱しているのか、だが好機には違いない。手早い動作で穂高は小銃を構えると、両目をらんと光らせて狙いを司馬伟の額に合わせた。
「誰がタカをここに呼んだ。誰が神の目をこの場に用意したんだ?わからないのか、地獄を生むのは神じゃあない。地獄を作り出すのは人間だ!それを見せつけてやるってんだよ!」
「司馬伟様!!」
狂人め。死にたい者と殺したい者、需要と供給だ。ここまでくれば、やってみせるしかない。白く輝く蜘蛛の糸が、雨粒を縫うようにきらりと一条伸びていった。穂高が、小銃引き金を引いた。
コトン。
その瞬間、一粒の雨が穂高の目玉にぽとりと落ちた。このタイミングで、普段意にも介さないそれが、穂高の銃口をほんの少しずらしてしまう。
ドン!反動を受けて銃口が上がる。飛び出した銃弾は、狙いを僅かに外れ司馬伟の隣の男の頭部をぶち抜いた。
「……!」
外れた、いや外してしまった。蛇は一瞬驚いたような表情を見せたが、大きな口を開けて笑った。
「ハハハハッ!!そうか、そういうコトか!」
穂高は冷静に槓桿を操作して排莢。同時に次弾を装填すると再び狙いをつける。が、しかし好機は二度訪れない。司馬伟を取り囲むように部下の男らが密集して、その姿を隠してしまう。そのまま周りの男らに連れられて再び逃走を始めた。
「穂高!どうした、やったのか!」
後ろから吾妻が、そう言いながら駆けつけた。肩口を負傷しているようで、赤黒いものがこびりついている。
「だめだ、命中しなかった。追うぞ」
「了解!」
叫びながら吾妻は、そのままの勢いで駆け抜けていく。穂高も再び小銃を担ぎ直すと追跡を再開した。




