【第二部】第86話.接触開始
【第二部】第86話.接触開始
雨が降ってくる 吉か凶か。
工作には良くないだろうが、音と気配を殺してくれる雨粒は潜伏するには追い風だろう。
眼下を進む蛇の隊列は、こちらに気がつくことなく、もう中程まで進んでいる。
そしてその時は来た。点火の合図から一呼吸置いて、収縮する大気は爆音と共に急激に膨張。同時に衝撃が走った。ドン!と腹を木槌で撃たれたような感覚だ。
地上に爆炎の鮮やかな花が咲いた。そしてその強大なエネルギーは岩場を支える一番脆弱な部分を吹き飛ばし、砕いた。
上方で突如鳴り響いた爆音に、眼下の蛇男らの部隊が驚いてそれを見上げる。
「何だ!何か爆発したぞ!?」
「敵だ!!」
隊列を維持したまま固まって、それぞれが武器を構える。訓練された動きだ、だがもう遅い。支持を失った大岩と、それに伴った土砂が大きく砂煙を上げながら重力によって崩れて落ちていく。質量の伴った砂煙だ、巻かれれば呑まれ押し潰される!そこに人力では蚊ほどの抵抗もできん。事態に気がついた敵は、すぐさま散開を始めた。しかし同時に土砂崩れと化した質量の暴力は、無慈悲にそれらを呑み込んだ。
それを確認するや否や、私は大きく手を突き上げて突撃の合図を出した。
「今が時だ!この時しかない!突撃ッ!!」
号令と共に、伏して時を待っていた者たちが頭を上げて、呼応する。この瞬間を取る。十倍もあろうかという敵隊に、一人も臆することなく吶喊した。急斜面を転げるように駆け降りていく!
「うぉおおおおおおおッ!!」
土砂と岩はまだ降り注いでいる。そこに巻き添えをも恐れずに、一緒になって雪崩こんでいった。蛇の身体をど真ん中で分断するように、土砂は敵隊を呑み込んでいた。
頭と尻尾に分断された蛇が蠢くように、その隊列は崩れ蠢いている。さあ、その悶える頭部側にやつはいる!
「突っ込め!突っ込め!!」
砂埃と落石の音、そして仲間の声。視覚も聴覚も乱される中にあって、あの男、司馬伟と目があった。
崖下の司馬伟とはまだニ百メートル以上の距離がある。この状況でまさか。私を目視できただと!?そう思った瞬間、蛇男は狼狽えることもなく水平に大きく両の手を開いて見せた。そして大きな声で叫ぶ。
「穂高さぁん!穂高進一ィ私はここだ!!」
掻き消され、聞こえようもないはずのないその声が確かに聞こえた。
「私は混沌を呼ぶぞ!神が正しいというならば、是に正してみせろよ!」
「何が神か!」
「秩序を求めるものが、おまえたちが神のしもべだろうが!!……だけどねぇ私は思い通りにはなりませんよぉ!」
蛇男は笑い声をあげて口を大きくあける。二つに分かれた舌先が外気に触れてチロチロと動いた。
「司馬伟様!危険です!」
数人の護衛が蛇男の周りを取り囲み、人影に消えていった。逃すわけにはいかない。
いっそう足を早めて、韋駄天のように斜面を下る。突出する私に並び、大きな男が現れる。
「一番槍は俺がもらうぜぇ!」
金剛辰巳は尋常ならざる脚力で後方から穂高を抜き去った。その後ろ姿はまるで猿か、獣のような身のこなしである。岩から岩へ、素足で飛び移っていく。そしてついに、敵と接触した。
小銃を構えるも事態についてこれていないその男の首を薙ぐように蹴り込んで見せた。哀れな敵兵の顎はあらぬ方向へ曲がり転げた。




