【第二部】第83話.蛇ノ企ミ
【第二部】第83話.蛇ノ企ミ
小休止。
立ったままその場で休息を取りつつ兵の様子を見ていると、吾妻が声をかけてきた。
「司馬伟の部隊を攻撃する。この作戦だが、成功率はどうだろう」
「どうか。どう贔屓目に考えても五分五分……。目論見外れれば悪ければ不発だ。顔を見る事もなく、向こうは悠々とこの地を脱出するだろうな」
「分断が難しいか。かき集めた火薬では」
「いや。それ自体というよりは、予想のポイントに上手く誘導できるかの方が難しいな」
頭数で大幅に不利な我々は、火薬による発破によって敵部隊を分断する作戦を立てた。敵の隊列を真ん中で切り分け、司馬伟のいる頭の部分に残る全員で奇襲をかけるのだ。
「それに万事上手くいったところで命の保証はとてもできん」
「そうだな」
吾妻はそれだけをぼそりと呟いて、真剣な顔でこちらを見た。
「ここまで来れば、もはやお前も状況の一部だ。穂高、俺たちが追っている司馬伟の企みを全て話しておこうと思う」
吾妻は何かを決断したらしい。真っ直ぐな瞳に揺らぎはない。
「無理をするな。そうは言っても、任務に差し支えるだろう。私も弁えているつもりだ」
「いや、この状況下ではもはや逃げも隠れもできん。任務に支障はないだろう。穂高には知っておいて欲しい。いかなる手段を用いても、あの男を止めねばならぬ理由を」
そう言いながら吾妻は懐中を探るが、ふと何かに気がついたように手を止める。
「煙草はまずいか?」
「用心するに越したことはないな」
ふぅ、と吾妻はひとつ息を吐き出した。そして話を続ける。
「司馬伟の目的は、ルシヤと皇国の戦争だ。そしてそれを発端とした世界戦争」
「同じような事を本人から聞いたよ」
「表立って釣り合いは取れているが、世界の情勢は複雑に繋がりあった同盟関係によって成り立っている」
「ああ」
五年前の日露戦争以後、識者の存在が公になり、本格的に利用される流れになった。彼らの知識と経験は、飛躍的な技術躍進をもたらした。しかし限られた資源の中での技術力の強化は、歪な進化を生んだ。
武器、兵器と軍備に関わる技術だけが一歩先に進歩しているのが現状だ。
どの国もどこまでの技術を持っているのか、己の手の内は明かさない。それゆえに各国は、水面下で牽制しあいながら表向きの平和を保っている。
「ルシヤと我が国が今、戦端を開けば両国だけの問題ではなくなる。我が国はイギリスと、ルシヤはオーストリア・ドイツとの三大帝国同盟を結んでいる。ルシヤが東を向けば、ドイツは西側に侵略の意思を見せるだろう」
「フランスとイギリスはドイツと一戦交えることになると」
「俺たちはそう予測している」
前世の第一次世界大戦の焼き直しだが、ルシヤとドイツが同盟を結んでいるというのが大きく違う。ドイツが後顧の憂いなく西側に専念できるとすると、果たして。
「だが我が国とルシヤが争うことはない。いくらルシヤと言えども、この状況下でふっかけてくるものか」
「だから日の丸の航空機が飛んだ」
「まさか」
まさか、あの水上機の行先は。
「そう、あの航空機隊は樺太のルシヤ軍基地に向かっている。日の丸を背負った航空機が、史上初めての航空機による空爆をルシヤ軍基地に行う。そこで民間人を巻き込んで、ルシヤ艦隊を焼いてしまうというのが筋書きだ」
「馬鹿な、そんなことが」
「皇国に先制攻撃を受けたとしてルシヤが我が国に宣戦布告。そして後はドミノ倒しだ」
「そんな不確かなことを理由に戦争などできるものか」
南下を企むルシヤ、ルシヤが東を向いていることが望ましいドイツ。状況が揃えば、この蛇男の幼稚な台本にでも乗ってくるのか。
「できる。確証がなくとも、事実があれば民衆は動く。だからここであの蛇男を捕まえる。我が国が、その馬鹿な空爆と関与していない証拠の一つにするためだ」
これが蛇男の目論見だとすれば、ずいぶん大それたことを考えたものだ。悪ければ世界が二つに分断されるほどの火種になる。戦争は始める時には終わらせ方を考えるものだ。誰しも始まりと終わりはコントロールできると考えるが、一度起こった火事がそう簡単に鎮まるものか。
「司馬伟は捕らえる。いや、ここで捕らえねばならない」
「ああ。もはや皇国だけの問題ではないのだ」




