【第二部】第81話.終ワリト
【第二部】第81話.終ワリト
少し時間は戻る。
あの航空機が空を舞った朝、司馬伟の陣地にて。
轟音を響かせて飛び立った水上機の群れを、米粒となって消えるまで見送った彼らの表情には喜びが溢れていた。大歓声と共に送り出されたそれらは、一機も欠けることなく北の空に吸い込まれていった。
しばらくして、慌ただしく後の片付けに奔走する作業員たちを見ながら司馬伟は言った。
「何も残さないようにね」
「はい。燃やして消えるものは燃やして、水に沈むものは湖の底に沈めます」
「ああ。手に持てるもの以外は綺麗にするんだよ。今日でここは廃村だ」
そう言いながら、彼は咥えていた煙草を地面に放った。それを見た部下の男が、その吸い殻を拾い上げる。
「煙草の銘柄もありますから、これも念のため処分いたします」
「よく気がつくね。頼んだよ」
口の端を歪めて、司馬伟は上機嫌だ。しばらくすると、彼の元に慌てた様子の男が現れた。小銃を握りしめたまま息を切らせている。
「司馬伟様!あの日本人はまだ見つからぬようです」
「ああ、彼か。もう良いよ。君たちじゃあ捕まらんだろう。人手も必要だし、追いかけた者たちには戻って来させなさい」
「はっ、はい。良いのですか」
「ああ。それに蜻蛉はもう飛び立った。我々の役目も終わりだ」
「はい……」
「心配せずともまた来るよ。すぐに来る。今度は我々を殺しにね。その時には君たちの仕事がまたあるんだ、心配しなくて良いよ」
肩で息をしながら、男は彼の言葉を聞く。司馬伟はにたりと嫌な笑みを浮かべながら、続ける。
「その時には存分に死ねるし、殺せる。君の求めている役目が果たせるさ」
そう言いながら司馬伟は細い目を開いた。報告に来ていた男は、彼の表情を見て凍りついた。
「慌てるなよ、ほら息を吸えって」
「っ、はぁ!はぁはぁ。はい」
いつのまにか、男は息を止めていたらしい。司馬伟に言われて呼吸を再開した。男の背中を押しているべき場所に送り出すと、司馬伟は一人空を見上げる。
「さあ賽は投げられた。その目がどうなろうと、もはや人間の力では止まるまい」
くっくっくと、低く笑う。
「神よ、お前の世界を塗りつぶしてやる。果たして止められるものかな。いいや、無理だろうねぇ」
そこかしこから、煌々と炎の柱が上がった。黒い煙を巻き込んで、熱風が噴き上がる。蛇の巣穴が炎と共に消えていく。
遠くから、彼を呼ぶ声が聞こえる。
「さあ始まりと終わりが同時に来るぞ。アァ、楽しみだ……!」
そして、司馬伟は何一つの未練もなくこの土地を後にした。




