【第二部】第77話.蛇ト自治区ト金
【第二部】第77話.蛇ト自治区ト金
「クンネ殿だな、私は穂高進一。休暇中の皇国の士官だ。皇国陸軍大尉である」
事ここに至っては、素性を隠してもしようがない。正直に名乗り、真っ直ぐにクンネを見た。頭部を負傷しているのか、頭に包帯を巻いている。
「ああ。わしがクンネだ」
そう応えた男には想像以上に覇気がない。政権を奪取しようという、大それた考えを持っていた人間には見えなかった。
「うん。単刀直入に聞くが、清国の司馬伟という男は知っているな」
「ああ、知っている。だが知っているとしても詳しくはない。ただ知っているだけだ」
「そうか。役所を焼いたのは司馬伟だ」
そう告げると、少しだけ包帯が巻かれた頭部が揺れた。
「……」
何か言いかけたが、クンネの開きかけた口は再び閉じられた。
「……だろうな」
「お前たちはどこまで繋がっているのか。それを、はっきりさせたい」
「清国との繋がりか。今思い返せば繋がっていたのかどうか、トカゲの尻尾切りだ。いや、尻尾ですらなかったのだ。わしはあの男の言葉を信じたばかりにこのざまだ」
クンネは低い声で、ぼそりぼそりと語り始めた。
「清国の男と出会ったのは、もう5年にもなる。戦後、日本皇国と我々が約束を交わす前、この地が自治区と呼ばれる前だった」
私とウナは、座って静かにクンネの言葉を聞いた。
「初めは、商売だと言った。ケシ(アヘン)を栽培するのだと、いくらかの土地を使う代わりに金を払っていった」
過去を思い出すかのように、表情を変えながらクンネは続ける。
「金払いは良かった。阿片は国ではつくれんという。わしらの邪魔にもならなかった。少しばかりの土地を勝手に使って、その対価に今まで見たこともない額を寄越した」
司馬伟らに農地を貸し出したということか。本当に阿片を作っていたかはわからんが、どの国の法も及ばぬ自治区なら許可も何もない。やりたいようにやれるだろうな。
「月日が経つにつれ彼奴等は、農場に他人を立ち入らせるわけにはいかんから検問を作ると言って、貸し出した土地の周りから人払いをはじめた。わしらもそれに協力してやったよ。もう、やつらの金が無ければやっていけぬからな」
クンネはふぅ、とひとつ息を吐き出した。
「金の魔力というのは恐ろしい。清国には金があると言った。いつしかわしらは言いなりになっていた。強制的にではなく、自主的にな」
黙って話を聞く我々を見ながら、彼は自らを笑うように唇を歪めた。
「清国の男は言ったよ。わしはこの地を支配する器だと。来たる新時代にはニタイを束ね、日本皇国の支配も受けぬ王になる器だと言ったのだ」
自治区の王か。それを焚き付けたのも、司馬伟だったか。ウナは眉間にシワを寄せながら、ただ黙って聞いている。
「その結果がこれだ。役所が燃えた。わしらと彼奴等とが繋がっている証拠になるようなものは全て消えていたよ。火を放った者は知らんが。わかることは一つある。つまり、はなからわしをこの地の王にするつもりなどなかったのだ」
司馬伟はケシ畑を隠れ蓑に、せっせと飛行艇を組み立てていたのだろう。そして機会があれば、クンネを切り捨てて空を飛ぶ。飛んだ先には何があるのかはわからんが、ロクでもないことは確実だ。
「わしは阿呆だ。甘言を聞いて、他人の傀儡になった阿呆だ。ニタイの結束を揺らがせ、ウナに弓を引いた。ついてきた者達には悪いことをした、だがかれらは何も知らん。担がれたわしについてきてくれた、善良な人間たちだ」
クンネの話を信用するならば、クンネはただ小金を与えられて、彼奴等の思い通りに動かされていただけだろう。
「そうか、ありがとうクンネ殿。良い説明だ。良くわかった」
「……ああ」
しばらくの間、沈黙が訪れた。
それを嫌がるようにクンネが口を開いた。
「ウナよ。正統なニタイの後継、ウナよ。いずれ民が真実を知れば、わしのやったことを許すまい。わしはいつ死んでも良い。部下の命だけは助けてやってくれ」
「……」
ウナは下を向いて少し考えた後、顔を上げて言った。
「叔父さん。いや、クンネ。俺はあなたもその部下も殺すつもりはないよ」
「だが、わしは。お前に……」
クンネは、ウナの包帯で吊り下がった腕を見る。
「ニタイの首長は俺だ。ニタイのために殺すわけにはいかない。我々の将来のために、働いて欲しい。それがこのニタイのためになると俺は思ってる。」
気にするなと言わんばかりに、ウナは吊られた腕を振って見せる。
「今はすごく宙ぶらりんな状態だ。自治区は未熟だ。国でもなく軍はない、法は未熟だ。強国に囲まれ、曖昧な状態にある俺たちが、このままの状態でずっと生きられるわけがない。それはわかる。だからこそ、間違った方向に向かったにせよ、叔父さんの危機感は正しいんだ」
「俺たちは力を合わせて生き残っていかなきゃならない。力を貸してくれ」
「ウナ……わかった。この命は首長のためにある、上手く使ってくれ」
ウナはその言葉を聞いて、ニッと笑った。
「ありがとう」




