【第二部】第70話.勧誘
【第二部】第70話.勧誘
「良かった、か。私にはそうは思えんな」
「ははは!正直だねぇ」
そうこうしているうちに、また兵が増えてきた。更に四名、小銃を持っているものが二名と照明を持っているものが二名。
「……それで」
「どうするつもりかって?僕が、どうするつもりか。それを聞きたいんだろう」
穂高が肩をすくめる。
「単刀直入に言おうか。穂高進一、僕の下で働くんだよ」
「正気か?私を取り込んでどうするつもりだ」
「世界を人の手に戻す」
「……何?」
何を言っている。この男、何が目的だ。
「世界は繰り返している。歴史を少しずつ変えながら、繰り返しているんだよ。識者と呼ばれるものの存在がその証明だ。君の持つ記憶と、この世界は同じ歴史を辿っているか?そうではないだろう。それが証拠だ。僕の持つ記憶も、いまこの瞬間とは違う。別の人生を生きた」
蛇男の戯言を聞きながらも、注意は銃を持った男達に向ける。
「そして前世の記憶を得た時、次こそは同じ失敗はすまいと、今度の人生では上手く生きようと決意した。君もそうではなかったか?二度人生を歩めるとしたら、一度目よりもより良く送ろうと考えるものが殆どだろう。皆そうするよなあぁ」
大きく手を広げながら、蛇男の演説は続く。
「次こそは、次こそは。前世の記憶というが、その数だけ世界は繰り返し歴史を刻んでいるのだとすれば、なんのために世界は時を繰り返しているのか。誰が、何のために次こそはと望んでいると思う?」
「要領を得ないな。何が言いたいのか」
蛇男のそれは、まるで劇場で役者がやるような身振りだ。
「僕は一つの結論を得た。世界を繰り返していくことで、思い通りの世界を作ろうとする存在。それが神だ。神が己の楽園を完成させるために、この世を繰り返している。全ての人間が何度も人生を繰り返すことで、いずれ最も神にとって都合の良い結果を生み出すのを待っている。それに気がついたんだよ!」
「何を言うかと思えば、世迷い言を」
「そうかな?神と称すると、すぐに君らは拒絶反応を示す。神という名を使わぬとしても、世界の観測者がいて然るべきじゃないかな」
「オカルトだな」
穂高がそう切って捨てると、小銃を構えていた兵が銃口を向けたまま声を上げた。
「貴様!司馬伟様に!」
取り巻きが騒ぐのを無視して、穂高は続ける。
「仮に、お前の言う神がそれを望んでいたとしてどうだと言うのか」
「僕はね、ひっくり返してやろうと思うんだ。神の意思をね。平和な楽園なんてクソ喰らえだよ。事なかれ主義の阿呆どものケツを叩いて、この澱んだ調和を終わりにする」
「それで戦争か」
「そうだよ。人間は戦いによってのみ成長することができる。人はお互いに戦い続け、いつか神を超える。それに、まだ経験もしていない戦争に大の大人達が怯えているのは滑稽だろう!」
「愚者は経験に学ぶと言うがね。歴史に学ばないのは阿呆ではないか」
「はははっ!言うねえ、穂高進一。ますます君のことが好きになったよ。やはり目玉だけじゃあなくて、君自体が」
「私はお前が嫌いだよ」
そう言ってやると、蛇男は大きな声で笑い始めた。その笑い声を切るように穂高は言った。
「それで、私を殺すか?」
「殺しはしない。いや、殺せないと言った方が正しいかな。今のこの戦力じゃあ穂高進一を殺しきれないね」
「ふん。十人からで囲んで置いて、殺しきれないとはどういう意味か」
「そのままの意味だよ。過小評価でも過大評価でもないつもりだけどねぇ」
蛇男は細い目をうっすら開けて穂高と、後ろに隠した明継を見る。氷のような冷たい目だった。
「しかし。今日は明継君がいる」
「そうだな」
「子供の死ぬ姿なんて見たくはないよねぇ」
「死なせるつもりはない」
蛇男と穂高の視線が交差した。




