【第二部】第68話.熊ト明継
【第二部】第68話.熊ト明継
建物の外に出たが未だ敵地の真ん中、施設内には変わりない。そして飛行艇の設計図は手に入れたものの、はっきりとした目的が不明瞭なままである。現場の人間がそんなものを把握しているはずがない。この施設に入っていった蛇男の居場所を捕捉するほかないだろう。こうまで堂々と動いているのだ、彼奴が何かを握っているに違いない。
背中を壁面に預けてそんなことを考えていると、犬の鳴き声が聞こえてきた。
どうやら歩哨犬も飼っているらしい。人間の兵隊の代わりに施設の監視にあたる犬だが、あれらは厄介だ。
犬の感覚は鋭いので、警戒区域に侵入したとみなされれば即座に反応してくるだろう。
人にも犬にも警戒しながら敷地内を探索する。馬小屋に飼い葉が積んである。片や飛行艇などと空飛ぶ機械を作ってみれば、片や馬小屋に馬を飼う。まさに時代の混沌だな。しかし、これもすぐに自動車に置き換わっていくだろう。軍事に関わる技術の進歩は想像以上の速さだ。
ふと一つの小さな小屋が目についた。
物置小屋、いや蔵だろうか。せいぜい三畳ほどの大きさの建物だ。側面に小さな窓が一つ、背の届かない高い位置にある。そこから兵が一人出てきた。両の手で何か持っている。身を隠して、彼が視界から消えるのを待った。
ふっと明継のことが頭をよぎる。蛇男が明継を拉致してきているとすれば、あのような場所で監禁されている可能性があるか。
安全ではないが、確かめるしかないな。現在地から小屋までの安全を確認してから、そこまで素早く走り寄った。
背中をぴたりと小屋の壁につけて、角々の様子を伺う。もう兵の気配はない。扉はこちら側から閂がかけられているが、錠はないようだ。
再び窓の下に位置取ると、助走なしで垂直に飛び上がり窓枠に指をかけた。人差し指、中指、薬指。なんとか指三本を引っ掛けて身体を持ち上げる。窓から小屋の中を覗き込む。隅にうずくまる黒い生き物。何者だ、暗くてよく見えない。
ふっと、その生き物が顔を上げてこちらを見る。私の後ろから射し込む月の光でその姿がうっすら浮かび上がった。熊だ、熊の子供である。なぜこんなものをここで飼っているのか。
「……ん」
その子熊の奥にもう一つ、何かいる。黒い髪をボサボサにして、手のひらと足裏を真っ黒にして。そうだ、この少年は。
「明継」
「……えっ?」
明継がパッと振り向いて、こちらを見上げて顔を見せる。見たところ大きな外傷はない。同居人の子熊とも上手くやっているようだ。
「父……様……!」
「シッ、静かに。声は出るな。怪我はないか、歩けるか?」
明継に声のトーンを落とすように指示すると、必要な事を端的に質問する。明継の返事は「はい」という一言であった。だが、我々にはその一言で十分だ。まだ五つの子が泣きも喚きもせず、その一言だけを静かに答えたのだ。
「明継、よく頑張ったな。しかし私にはまだやるべき事がある、もう少しここで待て。必ず戻ってくる。他の者に私の事を気づかれずに、できるな?」
感極まったのだろう、目に涙を溜めながらも彼は力強く頷いた。強い子だ。
「良し。ならば後でな」
そう伝えると、身体を支えていた手から力を抜いて地面に着地した。膝を折り曲げて、着地の衝撃を分散する。ゆっくり立ち上がって、もう一度周囲に視線を送る。大丈夫だ、何者にも気づかれていない。
「明継は無事だ。場所も把握した。後は……蛇男の所在だな」
誰にでもなく自分にそう告げた。
今すぐこの小屋の扉を開けて、彼を解放して抱きしめてやりたい。そんな衝動にも駆られたが、グッと堪えた。明継を連れてまわるわけにはいかない。脱出の直前に救出するのが安全だろう。
一つ息を吐くと、再び蛇男を探すために動き出した。




