【第二部】第67話.情報収集
【第二部】第67話.情報収集
しばらく暗闇と共に過ごしてから、穂高は飛行艇の下より這い出した。頼りの陽の光も、すっかり山の端に沈んでしまっている。暗闇に目を慣らすように、二、三度瞬きをしてから立ち上がった。
眼前の湖面には月が映り、滑らかな光を反射している。風も弱い。その穏やかな姿は、陸地とは無関係だと言わんばかりである。
足音に気をつけながら、壁面に沿って歩く。
無機質なコンクリの床面には砂や木片が散らかされている。足元にも気をつけて足を運んでいくと、先程何者かが通り抜けていった扉の前に立った。
扉の取手を見る。いくらか傷がついているが、物自体はまだ新しい。扉の隙間を観察するが、その向こう側から漏れ出る光はない。この先も同程度の明るさであるということだ。つまり、照明はついていない。
音が立たないように注意して取手を捻ると、静かに扉を引いた。
そこには板張りの廊下が広がっていた。
飛行艇が鎮座している部屋はいわゆるガレージのような状態で、建物内というには語弊がある。この廊下から、ようやく建物の中といった雰囲気である。
照明はいくらか間隔を置いて据えてあるようだが、いずれも灯っておらず、窓のない廊下からは暗く冷たい印象を受けた。
左足から一歩踏み出す。木製の足場は、靴裏を通して柔軟に体重を受け止めてくれた。そのまま後ろ手に、今開いた扉を閉じる。
「……」
上下左右と視線を回して、辺りの様子を窺うも人間どころかネズミ一匹の気配もない。遠くから風に乗って、うっすらと人の声が聞こえてきた。先程「飯だ」という声を聞いた。おそらくその夕食会が行われているのだろう。
よく聞けば、ずいぶん楽しげな声色である。
廊下は左右にそれぞれ広がっているが、声のする方向とは逆の方へ足を向けた。夕食のために一箇所に集まってくれているのならば好都合だ。
早足に廊下を進みながら考える。
目標は二つだ。一つはあの飛行艇で何を企んでいるのか、それがわかるような何かが手に入れば良い。あとは皇国陸軍にそれを引き渡すまでだ。確証があれば動くことができる。
二つ目に、明継の安否がわかれば良い。考えが甘いだろうか。しかしそれでも、親としてはそれを知りたいと思ってしまう。
孤立無援の状態では、あまり深追いはすべきではないだろう。適当に切り上げて撤退しよう。
「……ふん。今のこの状況が深追いでなくて何なのか」
成り行きとはいえ、一個人が首を突っ込むには事が大きすぎる。どうしてこんなところまで来てしまったのだろうか。英雄気取りの心でも芽生えたか。そう自分の心に問うてみても、答えは返ってこない。
今となってはどうでも良い。やれることをやるだけだ。
目についた扉を開けて、一つの部屋の中に侵入した。鍵はかかっていない。小さな部屋だ、窓もない。二段ベッドのような家具が二組。構成員が就寝する部屋だろう。四人で一部屋とは環境が良いな。手早く室内を調べるが、やはり何もない。部屋から出て、次の部屋へ進む。
同じ間取り、同じ二段ベッドの部屋をいくらか見て回ったのちに、一つ他とは違う部屋を見つけた。どうやら階級の高いものが執務を行う場所のようだ。
大きな机と椅子が中央に据えられている。壁面には寄りかかるように本棚がある。また、この部屋には窓があった。月明かりを頼りに机の周りを見ることにした。
窓があるということは、当然外からも部屋の中が見えるということだ。外から私の姿を見られぬように、死角に入りながら部屋の中を調べていく。
机の上、そして引き出しの中。次から次へと書類が現れた。漢語と英語が混じり合った文章だ。それらに、ざっと目を通していく。時間はかけられない。集中して文字を追っていく。飛行艇の設計図らしきものを見つける。が、核心に触れたところは記載されていない。飛行艇で何をするのか、それがない。それでも航続距離とスペックが判明すれば、想定する材料にはなるだろうか。
懐に設計図を折り畳んで入れた。
その時、部屋に向かって足音が近づいてきた。複数人の話し声も聞こえてくる。
賊を追っているような雰囲気ではないが、いつまでもこの場にとどまっている訳にはいかなさそうだ。部屋の主が帰ってこぬとも限らない。どんどん足音は大きく、近くなる。
静かに机から離れて窓の外を窺う。見える範囲には人の影はない。扉の前で、足音が止まった。
身体を通せる分だけ素早く窓を開けると、そのまま外に身を乗り出した。高さもない、大丈夫だ。私は窓の外に飛び出した。背後で扉の取手が動く音がした。壁に背中を貼り付けるようにして、動きを止める。
「窓、開け放しにしていたか」
部屋の中からそんな声がした。そして窓が閉められた。部屋の主が帰って来たのだろう。
息を潜めて中の様子を窺う。どうやら書類の束から飛行艇の設計図を抜いたのは、気付かれてはいないようだ。
胸に手をやる。
まずは一つ。




