【第二部】第64話.潜入
【第二部】第64話.潜入
どうすべきか、思考を整理している最中に大きな音が聞こえた。世界を震わせるような爆音は、集落の一際大きな建物から発せられているようだ。
この角度からは、建物の背面になるため中の様子は窺うことはできないが、この類の音には聞き覚えがある。
これは発動機の音だ。規模からいえば自動車のそれよりもずいぶん大きい。
過剰なまでの防備に蛇男の関与、間違いない。
あの建物の中に発動機を要する何かが製造されているのだ。いや、製造とまではいかずとも保管されていることは事実だ。この建物群は清国の基地だということか。
ニタイ自治区とはいえ、日本皇国の主権の及ぶこの地に、こうも簡単にこのような施設を築くとは。大事になりつつある展開にめまいがする。
清国が何を隠しているのかによっては、クンネ派だウナ派だと言っている場合ではないかもしれん。明継のこともあるが、それを確かめねばならない。静かに目を閉じて数秒、暗闇の中でこころを整える。
小銃を木の根元に隠して、懐から拳銃を取り出した。持ち込む武器はこれだけだ。しっかりとした重さを感じる。小銃を持って突入してもしようがない。戦闘に行くのではないのだ、情報を得るために侵入するそれだけだ。大きな小銃は、隠密には不向きである。
気を窺って、少しだけ頭を上げる。
集落に続く道は南向きに一つだけだ、蛇男らが歩いていったその一本。それは使えない。正面は村人を装った者たちによって十重二十重に監視されている。北側には池。となれば東か西か。監視の目が薄い場所からの潜入か。監視の目の代わりに罠でも設置されているかもしれんが。
「……」
だが周囲の状況を思い起こすが、監視の薄い場所などなかった。どこも視線が十分に通るようになっていた。漫画やドラマのように居眠りでもしている見張り番などがいれば良いのだろうが、現実問題彼らは職務に忠実なようであった。
「全く、清国人は働き者だな。もう少し気を抜いても良いだろうに」
ボソリと誰にも聞こえぬ苦言を呟いた。
正面からはもちろん、東西の側面を突いたとしても無謀な突入になるだろう。こちらは一人だ、誰にも見つからずに潜入することが求められる。
まさかそうは来るまいと思われる手段が最も良い。彼奴等の意識の外を探れ、どこだ……。
ふっと一つ閃いた。
池か。岩場を超えて池に入り、泳いで建物の裏側から回り込むのだ。もう少し日が傾いて薄暗くなった時に、闇に乗じて水中を進めば発見される確率は減るだろう。まさか一人でボートも使わずに泳いで来るものが居るとは考えまい。問題は、無事に泳いで辿り着けるかだな。深さも構造もわからぬ池に飛び込むなど自殺行為である。しかし、やるしかないだろう。意を決して、北側に回り込んだ。
しかしそれは想像以上に厳しい地形であった。楽に水面に降りていけるような場所もなく、山肌から切り立った岩場の先に池がある。
まさか飛び込む訳にもいかない。岩に頭をぶつけて絶命するのが関の山だ。懸垂下降で水面付近までいき、そこから水の中へ入るのが妥当な方法だな。
「しかし」
当然、都合よく降下するためのロープなど手に入るはずもない。どうしたものか。いや、案はある。案はあるのだが。
「本当にやるのか」
ここに来るまでにツル性の植物をいくらか見つけた。上手く使えばロープの代わりになるかもしれない。やれないことはないだろうが、当然危険を伴う。しかしここまできたからには、もはや後には引けない。
決断と共に、身体はすでに動いていた。




