【第二部】第63話.蛇ノ巣穴
【第二部】第63話.蛇ノ巣穴
穂高は、慎重に距離を取りながら蛇男達を追跡した。彼奴等は山林の道なき道を通り、手慣れた風に藪をかき分けていった。二度、検問のようなところを通過して更に数時間。
ようやく人工の建物が見えた。
集落だろうか、農家風の男がいく人か歩いているのが見える。蛇男は、近くの男に手をあげて挨拶でもしているようだ。何気ない所作で集落の奥の方へ歩いていく。視界から消えゆく蛇男らの背中を見ながらも、ぴたりと足を止めた。
「……どうするかな」
穂高は一人呟いた。誰の目にとまるわけにもいかない、ここ一番で深追いしては大事に至る。ここまで追跡できたが、詰めを急ぎすぎるのは愚か者のすることだ。
ひとまず蛇男の背中から視線を外して、大きく集落のふちをぐるりと回ることにした。この集落が何モノなのか、知る必要がある。
人の目を避けながら、外周を歩いていくと気がついた事がある。集落の村民と思われる人間に女、子供が一人もいない。見る者すべてが成人した男だ。そして、彼らは農作業をしているというより、歩哨に立っているように見える。明らかに普通の集落ではない、そう見せかけたなんらかの施設だ。
かさり、と後方で草の葉が揺れる音がした。反射的に頭を下げて、音の方向を見る。しかし、そこには何も居ない。目を開いてジッと探るが、やはり人の気配はない。
いや、木の間に何か光った。用心深く近づいて、その木の間に光った物を調べる。金属製のワイヤーか。いわゆるピアノ線のようなものが、弛むことなくピンと張っている。人為的なものだ。ブービートラップの類だろう。
侵入者を発見するために、いや、侵入者を殺すために設置された罠だ。
「はぁ……」
じわりと手のひらの内側に汗をかいていた。久しぶりに緊張しているようだ。ここまでやるとは、蛇男のやつは何を企んでいるのか。
もはや私の手に負えぬのではないか、そんな言葉が心のうちより湧いてくる。
しかし明継をさらったと思われる脅迫状だ、あの真意を突き止めるまでは引き返すことはできない。
鼻の頭の汗をぬぐう。
ゆっくりと再び頭を上げて、集落の方向を確認する。先程見た顔の男らが、何気ない風を装って周囲に目を光らせていた。集落には近づけないまでも、再び動き出してその外周をぐるりとめぐった。
外から観察してわかったことは、この集落は正面に大きな池を据えて、民間にしては大きすぎる建物が数軒あるということだ。
そのうち二つは池に隣接する様に建っている。水面に向けてぽっかりと口を開けているのだ。
そのほかにも、おそらく住居にしているだろう家屋がいくらも。全て把握したわけではないが、軽く見積もって百人程度の人間が生活していてもおかしくはない規模である。
「……」
集落の東側の、少し高くなっている丘に潜みながら考える。
彼奴等はここで何をしている。商売をしているようには見えないし、田畑のないところを見れば農業とも無縁のようである。
であれば、ここで何かを製作しているのか、それともどこかから何かを持ち込んで蓄えているのか。
どちらにせよ蛇男がこの場にいることと、検問に罠まで仕掛ける用意周到さからは、ろくなことではない事は想像できる。
それで、私がどうするかだ。
接近して、建物の中にまで潜入するのか。それともしばらく機会を窺うべきか。




