【第二部】第60話.勝敗ノ行方
【第二部】第60話.勝敗ノ行方
「良い眼だ、お前の親父に良く似ている。戦士の眼だよ」
手の内の短刀をひらりと翻しながら、クンネはそう言った。いつか聞いたその台詞だが、今は状況が違う。無駄話に時間をかければ毒が回るだろう。長引けば長引きほど不利になる。クンネの言葉を無視して、ウナは飛びかかった。
「行くぞ!」
短期決着。その四字を達するために大きく、速く足を運び、踏み込む。それはクンネも承知していることだ、ただ時を重ねれば彼の勝利は揺るぎないのだ。圧倒的優位。しかし古強者であるクンネはそれに甘えることなく、勝利を磐石とするための行動を取る。
片手のウナを捌きながら後退し、大きく場内の縁をなぞりながら円を描く。
ウナの決死の一撃は空をきり、打ち込んだ盾はいなされた。大きな隙を見せるも、クンネは追撃せずに距離を取りながら言った。
「見ろ、古きに齧り付いた者の末路を。このまま我々が伝統にすがり時代の変化に目を瞑れば、このウナの状況こそが他国によって与えられるニタイの未来だ」
黒とも紫とも言えぬ色に変色した右腕をだらりと垂らしたまま、ウナは荒い呼吸を繰り返す。その状況を眺めながら、クンネは聴衆に語りかける。
「我々ニタイは誇りを持って滅びていくべきか?否!我々は生きる人間だ、飯も食えば争いもする。今こそ強く新しい指導者を迎え、次の世代を迎えようではないか!」
舞台にでも立ったように、クンネは手振りを加えて民を煽る。それに応えて、クンネ派の人間たちが手を打って叫ぶ。
「「クンネ!クンネ!!」」
どうにか呼吸を整えたウナが、クンネに向き直った。額にはびっしりと汗をかいている。
「人には信ずるものがある。それもなしで、賢しい者の声に従って生き、飯を食って眠れれば良いなどというのは人間ではない。犬だ!」
そう叫ぶと、スッとウナは静かに声色を落として続ける。
「ニタイは滅びない。皆よ聞け。我々は犬ではない。自身の頭で、胸で考えろ。俺はその仕組みを作る、自分たちで生きる道を決められる世を作る」
ウナの言葉を聞いて、クンネは苦い顔をする。
「力も無しに、策も無しに!耳障りの良いことだけを叫んだところで何ができる!理想は結構だが実を伴わなければ意味を持たぬ」
「クンネ、お前の焦りもわかる。だけど、お前が思っているほどニタイは弱くはないよ」
クンネは一瞬目を大きくしたが、すぐに表情を戻した。
「言うだけなら」
「ニタイの長たるこのウナが、それを証明して見せる」
「その体でやれるか」
ウナが大きく腰を落として、左手に持った唯一の武器である盾を投げつけた。クンネがそれを同じく盾で打ち払った。瞬間、同時に走りこんでいたウナが間合いに入った。武器はない、不自然に低い姿勢で突進する。
「貰った!」
クンネは短刀を逆手に持ち替えて、ウナの顔面に突き立てるように振り下ろした。
「ガァアアアアッ!!」
鮮血が舞う。
くるりと体勢を変えたウナが、クンネの短刀を持つ手の手首に噛み付いたのだ。大きくえぐるように肉を引きちぎり、骨を砕いた。
「っくああああ!噛み付くのか!?」
たまらずクンネが短刀と取り落とした。そのままの勢いで、ウナはクンネに取り付いてその場に引き倒して馬乗りになった。
「かっ……片手で、なんたる腕力。だが!」
クンネは指を束ねて槍として、ウナの右目目掛けてそれを突き刺した。ぞぶりと異物が眼球にめり込む感触。しかし、それでもウナは怯まない。
「ガァアッ!」
そのままウナは大きく頭部を振りかぶって、クンネの鼻先目掛けて頭突きをくりだした。
ごしゃ!何かが砕けるような音がする。
「うがぁ!」
ウナの額が、クンネの顔面を捉えた。さらにもう一度、先程よりも大きく振りかぶって頭突き。
ごしゃ!
クンネの鼻は異様に曲がり、前歯が二本砕けて折れた。折れた歯のかけらがウナの額に突き刺さって、血を流している。
それでも、もう一度。振りかぶって、三度目となる頭突きを喰らわせる。
ごしゃ!!
「かっ……!」
「ガァアアアアアアアアアッ!!」
ウナの、獣のような咆哮が響いた。
クンネの目から涙、鼻の周りを真っ赤に染めている。たまらずに両の手でウナの身体を止めようと力を込めるが、それも叶わない。
もう一度。振り下ろされた鉄槌のような頭突きが止めとなった。
四度目の頭突きを受けたあと、クンネは白目を剥いて失神した。もはや彼の前歯は残っている方が少ない。
ふらりとウナが立ち上がる。
勝負はまだ決まっていない、どちらかが死ぬか降参するか。それともこの戦場から出るかだ。
ウナの額はぱっくりと割れて、真っ赤に染まっている。さらに右目は指を入れられて開かない状態だ。右腕は一番ひどい。
それでもウナは立ち上がった。
観衆は何も言わなかった、先程までの興奮はどこへいったか、しんと静まり返っている。
ウナは残った左手一本で、動かなくなったクンネを引きずり、戦場たる四角の枠の外へ放り出した。
この瞬間、勝敗は決した。試合はウナの勝利である。
「「ウオオオオオオ!ウナ!ウナ!!」」
決着、それを見て聴衆が大きく声を上げた。




