【第二部】第57話.儀式ト勝負
【第二部】第57話.儀式ト勝負
その日、明らかに空気が違っていた。
何かを察したのか、普段は露店で賑わっている大通りは閑散としており、まったく同じ街とは思えない程であった。
早朝の空気は、身の芯に応えるほどに冷たく、濃い霧が出ていた。
しかしその霧の中を、視界が利かないのも意に介さぬように歩く者達がいた。規則正しく歩調を合わせ、それぞれが長柄の武器を持っている。殆どが小銃であるが、槍を持つものもいる。まるで軍隊の行進だ。見せつけるように大仰に、大きく隊をなしてウナのいる自治区役所の前に止まった。
集団の中から、一人の男が進み出た。
クンネである。
彼はウナと対立するクンネ派の指導者だ。ウナの叔父にあたり、つまりは偉大な先代首長の弟だ。
勇敢な戦士で、戦では常に先代の首長の横にあり、前戦争ではウナと共に戦ったこともある。
静かに区役所の扉が開かれた。
建物の中から現れたのはウナである。整列したクンネ派の戦士達を見ても眉ひとつ動かさず、堂々と一歩前へ進み出た。
いつものような動きやすい洋服ではなく、儀礼用の服装で、腰には短刀を佩いている。
ウナはスゥっと息を吸い込んで、大きな声で言った。
「聞け!宝器短刀を持つ我こそはニタイを束ねし者。生まれは二子山の麓、白い川の裾野。ミチアペの子、名はウナ!我に弓引く戦士よ、名を聞こう!」
クンネの口が薄く開いて笑ったように見えた。そしてウナの大きな声に呼応するように言った。
「我はクンネ。ポンチュプの子、首長ウナの圧政に意を唱える者である。我に賛同する者あり。古のならわしに従い、首長ウナに一騎討ちを申し込む」
「そうか勇敢な戦士よ、この短刀をかけてお前の挑戦を受けよう!そしてニタイを率いる者として、我こそが最も優れた戦士であると証明してみせよう!」
「ならば儀を!」
「いざ!」
ばっとクンネの後ろに控えていた戦士らが、左右に分かれて道を開けた。その先には、この街の中央の広場がある。そこで一騎討ちが行われるのである。その場所に到着すると、いつの間にか霧も晴れていた。
天も、この勝負の行く末を見守っているのだろうか。
ひやりとした土の大地に、正方形に溝が掘られ区画が作られている。ちょうど大相撲の土俵程度の大きさの正方形である。
その区間の中に、ウナとクンネが入った。
するとその周りを、クンネの配下の戦士達とウナの部下らがすっかり取り囲んでしまった。
「「ウナ!ウナ!ウナ!!」」
「「クンネ!クンネ!クンネ!!」」
興奮した様子で、周りの者たちが彼らの名を呼びあう。槍で地面を突くものがいれば、盾のようなものを叩いて音を立てる者もいる。
周囲の熱狂の声が聞こえているのか、いないのか、ウナとクンネは共に上着を脱ぎ、上半身をさらけ出した。
ウナは細いながらも、猫科を思わせるしなやかな筋肉がついており、見るものにその身体能力は確かなものだろうと想像させる。
対してクンネは、浅黒く硬い肉体で背中に古い刀傷が見える。それ以外にも大小様々な疵痕があり、歴戦の強者であることは明らかだ。
「「オオオォォー!!」」
冷たい風を遮るような人の熱が、渦になってその場を支配した。上着を捨てた二人に、それぞれの従者が、その上半身と顔に墨と泥でペイントを施していく。戦いの化粧である。
全身に勇猛さを示す墨が描かれたとき、ウナとクンネが向かい合って互いの目を見た。
準備は万端だ。
「「ウナ!ウナ!ウナ!!」」
「「クンネ!クンネ!クンネ!!」」
周りの熱も最高潮に達している。
最後に目の下に最後の墨が塗られたあと、ウナは従者から小さな丸い盾を受け取った。木と皮でできた、簡素な盾である。これと先祖伝来の短刀だけが彼の武器だ。同様に、クンネも彼の配下から盾と短刀を受け取った。
この武器を使って、相手を倒す。簡単だ。戦士として優れているのはどちらか、この勝負で決まるのだ。
「この方形から出るか、降参の意思を示した方が敗者だ。良いな」
ウナがそう言った。クンネはそれに応える。
「然り。もしくは……ここで息絶えた者が敗者だ」
ウナは黙って頷いた。




