【第二部】第55話.秘密兵器「ウナ視点」
【第二部】第55話.秘密兵器
じゃり。ざり。
ウナは建物の中に完全に入った。両の足の裏に砂粒のような感触。もう一度「誰か」と呼びかけてみるも返事はない。
玄関のようなものはなく、扉の先はすぐに大部屋になっているようだが暗くて何も見えない。ほのかにこの入口の扉から入る光が照らす範囲だけが、ぼんやり浮かび上がっているだけだ。
一瞬、目を閉じてもう一度開けた。
さっきよりはいくらか目は慣れたものの、根本的解決には至らなかった。流石に灯りもないのに、これ以上踏み込んでも仕方がない。
そうして、諦めようとした時。ウナの髪の毛がぞわりと逆立った。
何か、いる。
暗闇の中に一つだけ、浮かび上がったそれは、人の目だ。彼の腰ぐらいの高さに朧げに浮かんでいる。ごくり、と隣から唾を呑み込む音が聞こえた。ウナの部下だ、彼も今それに気がついたのだろう。
「何者だ」
ウナがそう問うた。
返事はない。返事はないが、その代わりにギシリと音を立てて、その目玉が上の方へ動いた。ウナの目線と、ほとんど同じくらいの高さだ。そうした後、その目玉の持ち主が小さな声で「扉を閉めて」と呟いた。
どうすべきか、一瞬考えたがウナの決断は早かった。狼狽える部下を尻目に、静かに今入ってきた扉を閉めた。
そうして室内は完全なる暗闇となる。
シュ。
軽い音が聞こえたかと思えば、小さな炎が灯った。マッチを擦って、ランプを付けたのだ。
その弱々しいオレンジの光に照らされて、一人の男が浮かび上がってきた。ボロボロの布を羽織った男。髪も髭も手入れされていないが、見たことがある男だ。
「レタル?レタルなのか」
ウナがそう言った。しばらく前に失踪した、かつて部下だった男だ。穂高らの話では、札幌に出向いて彼らを呼び寄せた張本人だそうだが。レタルと呼びかけられた男は、黙ってボロ布のフードを取り去った。
何があったのだろうか。顔面には右上から左下に向かって大きな切り傷があり、その傷は大きく彼の右の目を引き裂いている。出血はないようだが、その目は機能していないように見える。
「ウナ様。お話しせねばならんことがあります」
「レタル。お前、その傷。目はどうしたんだ」
「こんなものは些細なことです。もっと重要な、これだけはウナ様にお伝えしなければ」
そう言いながら、レタルはウナの横に立っている部下の方へ視線をやった。
「この人間は、信頼できる人間ですか」
隣で静かに立っていたウナの部下は、自分に話を振られて驚いているようだった。何かを言いかけた時に、それをウナが遮った。
「俺の側近だ。信頼できるよ」
「……ならば信頼しましょう。ウナ様の信頼できる人間であれば、わしも信じます」
「うん」
一呼吸置いて、レタルは話し始めた。
「クンネは清国と組んでいます。奴は、ニタイの民やニタイの先祖より受け継いできた土地のことなど何一つ考えてはいません」
「ああ、大体予想はできていたよ。それで、お前は何を掴んだんだ」
「わしは、クンネの集落に潜入しました。すでに奴は、清国の人間を内に入れています。それも、軍人です」
「軍人」
ウナもクンネが清国やルシヤとつるんでいるという噂はいくらでも聞いた。驚きはない、だが実際に見たという者の話を聞くのは初めてだった。
「はい。この地に、何か大掛かりな施設を建造するようです。それは、武器のようですが何を成すものかまでは把握できませんでした」
「武器か……」
「ただ。石造りの建物の中で木と金属でできた機械を建造しておりました。見ただけでもすでに、清国の人間も100以上は働いておるようです」
「何かを隠れて作っている……武器?何にせよ、公になると困るものだ。それでクンネはいくつも私設の検問を作って自治区に入る人と物を監視していたのか」
「軍人が動いておったので、穏やかなモノではないでしょう。しかし、鉄砲でもなく大砲でもなく。わしには理解できぬ大掛かりな何かでありました」
グッと、レタルは拳を握りしめて続ける。
「クンネは我々ニタイの民をも、この地から追い出すつもりです。清国の人間を引き入れて、自治区を自ら彼の国の傀儡とするつもりでしょう」
「馬鹿な、そんなことが」
「そんな事が、実際に起こりつつあるのです。ウナ様から支持者を奪い、政権をひっくり返すのを目論んでいるのもその一環でしょう。事実、彼奴は動き出しているのです」
「……現実にそんな事ができるのか」
ウナは、一つしかないレタルの目をジッと見つめる。それに彼は真正面から応えて見せた。