【第二部】第53話.伏シテ待ツ
【第二部】第53話.伏シテ待ツ
「ヨシ。いいゾ」
穂高と吉野は、区役所のある街を出て札幌に向かう途中にある一つ目の検問に差し掛かっていた。
入る時には散々苦労させられた検問だが、出るものは追わずの精神なのか、ウナの手紙が効いているのか、所持品の検査すらなくその場を通されたのだった。
「ありがとう」
適当に礼を言って、検問を通り抜けた。
しばらく道なりに進み、薄暗い山道に差し掛かったころ、足を止めた。無言で吉野が頷く。
「ここらまで来ればええやろ」
「そうだな。世話かけるが頼んだぞ」
「了解、何日くらい引っ張ればええんや?」
「可能なら三日ないし四日、その後札幌に向かってくれ。検問を通るかどうかは任せる」
そう言いながら、黒い布の包まれた小銃を荷車から取り出した。札幌に向かったと思わせて、穂高は単独で区役所が見える場所まで戻る。そういう算段だ。だからわざわざ検問を一つ通ってやったのだ。
「ほならしばらく俺はこの辺りで野営してるわ。見つかったら適当な理由をつけて逃げるからな」
「ああ」
一つ目の検問を超えて、いつまで経っても二つ目の検問に顔を見せなければ不審に思うだろう。ただし電話も整備していないエリアだ。捜索が出たとして、はっきり所在が把握されるまではかなりの日数が稼げる。
向こうに残る情報は、第一の検問と第二の検問のどこかで我々が行方不明になった。それだけだからな。
「しかし、ほんまにお前は一人で大丈夫なんか?」
「私を誰だと思ってる」
「……せやな。俺がいても足手まといかもしれんわな」
「いや、ここで姿をくらませるのは重要な役割だ。お前の行動次第で私も動きが取りやすくも取りにくくもなる。助かる」
そう答えると、吉野はニッと笑みで返す。
「終わったら札幌で呑もうや」
「楽しみにしているよ」
そう言って吉野と別れた。食料と水、そして小銃と弾薬。背嚢にそれらを背負って、穂高は山に消えていった。
……
単独行動は慣れている。特にこんな山奥では、誰から逃げ隠れする事もできるし、誰をも追跡し追い詰めることができる。そう自負している。幼いころから熊の痕跡を避け、鹿の足跡を追い狩りを行って生活していたのだ。
あの俊敏で、賢く、身体能力の高い野の獣らを相手取って不覚を取らなかったのだ。どうして人間なぞに不覚を取ることがあるだろうか。
穂高は人の通る道を避け、山中の道なき道を突き進み、第一の検問を大きく回り込んでウナもいる街の近くまで戻って来た。この場所に来るまで一人の人間にも会わなかったし、その気配すら感じなかった。
クンネ、そしてその背後にいる者たち。おそらくそれらの全ての視界から完全に消える事ができただろう。
斜面の茂みに伏せるように腰を下ろし、遠巻きに区役所を監視する。私がこの近くにいるのを把握しているのは、ウナと吉野だけだ。後の人間には知らせてもいない。私と吉野は札幌に帰る、そう伝えている。
フクロウが暗闇の枝の上で待ち伏せをするように、カマキリが藪と同化して獲物を待つように、穂高は山の一部と同化してその時を待った。
私の考えが正しければ、何かがこの区役所に現れるはずだ。クンネのその関係者が。