【第二部】第51話.進ムベキ道
【第二部】第51話.進ムベキ道
ウナが区役所に着いてから、ほどなくして穂高もそこへ到着した。玄関の扉は開け放たれて、普段と違った様相を表している。誰にことわるわけでもなく、穂高はそのまま建物の中に入っていく。ある一室から人の声が聞こえてきた。
「モユクもスマリも居ないのか?」
「はい」
ウナとその部下である、何事か神妙に話し合っている。屋敷で先程見たウナの部下が頭を横に振った。
「ここいる人間以外は、体の代わりに置き手紙が置かれておりました」
ウナの周りを、数名の部下らが囲んでいる。その中心でウナは下唇を軽く噛みながら、何かを考えているようであった。
「ウナ、どうしたのか」
開いた扉をノックしながら、そう声をかけた。やっと気がついたウナはこちらを見て言った。
「きたのか、タカ。いやどうして……」
「お前の方も難しい状況のようだが、こちらはこちらで一悶着あってな。何の繋がりがあるか確かめにきた」
そう言って、先程の脅迫状の一件を話した。
「それが本当なら許せないな」
「そうだな。許せんし許すつもりもない。それでこっちは、お前はどうしたのだ。何か騒ぎになっているようだが」
「うん、じつは……」
はぁ、と息を振り絞るように語り始めた。
「職員が、消えたんだ。いや消えたというのは違うかな。俺に愛想が尽きて、失踪したんだ」
「どういう意味だ」
ざっと白い手紙の束を取り出す。
「この一枚一枚が、ウナの体制にはついていけないから、職員として働くことはできないという内容なんだ。昨日までは何も変わった様子はなかったというのにね」
「ああ」
「そして、クンネを新たな首長として支持する。と書いている」
「クンネ、お前の叔父にあたる人物だな」
「うん」
怒りとも悲しみともとれぬ声色で、ウナが続ける。
「俺のやり方が気に入らないんだよ」
「そのクンネからは何か声明は送られて来ていないのか」
「来たよ、クンネからの書状も置かれてた。いわくウナは指導者として相応しくない。その証拠に多数の部族の長が、クンネこそが真のニタイの首長であると賛同してくれている。ニタイの古い伝統をもとに宝器たる短刀をかけて、一騎討ちを申し込む。だってさ」
「政権奪取を狙ってきたのか。短刀というのはなんだ?」
「ニタイに代々伝わる首長たる証の短刀だ。前の首長、父から受け取ったから今は俺が持ってる。でもしきたりでは首長に戦士の実力がないと判断すれば、一騎討ちを名乗り出て、それを奪い取っても良いんだ」
「そうか」
短刀うんぬんは彼らの風習ということか。権力のシンボルになっているのだ。
置き手紙を置いて消えたという者たちは、おそらくクンネが事前に根回しをしたのだろう。支持者を削って戦力を落としてから、いざ本丸ということだ。
「それで一騎討ちというのは、いつどこでやるのか」
「二日後に、この街で。クンネは戦士たちとやってくるとあったよ」
「そうか」
「タカ、俺……」
私に消えろと怪文書を送ったのも、クンネの仕業かもしれんな。私人としてこの場にいるつもりだが、向こうがどうとるのかは分からん。私がその場に居合せれば、皇国の介入のキッカケになると考えているのかもな。
手のひらを広げて、ぴたりとウナの前にかざす。
「クンネのいうこともわかるんだ。ルシヤや清国に土地を使わせれば、莫大な援助が手に入る。それを元手になんでも良いから商売を始められれば民は潤う。でも、そんなのは俺はニタイの民の生き方ではない気がするんだよ」
「……」
「ニタイの民は」
「待てウナ。お前はどうしたい」
「俺、俺は、民が納得する方向へ進みたい。俺よりクンネのいうことが民の支持を得ているのなら、クンネが舵を取れば良いと思う……」
「ああ」
「でも、こんな騙し討ちのような事をする奴が、ニタイの未来を本当に考えてるなんて思えない。俺はクンネを一騎討ちで下して、もう一度民意を問おうと思う。そうだ各部族の長を集めて、選挙をする。そうしたい!」
話すうちに、ウナの声量が上がっていく。残ったウナの部下たちは見守るように彼の声に耳を傾ける。
「ニタイの未来は民が決める!伝統を守るというのも、どこかの国と手を取るのも同じだ正しくも悪くもない。平等に選択できるのが正しい事なんだ。俺が、クンネがニタイの民はかくあるべきだと決める必要はないんだよ」
たしかに伝統を守るということは大切だ、しかし変化していくということも同様に大切だ。未熟な民に代わって、首長が価値観を決めるというのは危険な思想でもある。
「そうだな」
「ニタイの民は強くなる。俺や、クンネが強くなるんじゃない。民が賢く、強くなってニタイは生き残るんだ!」
どうやら行き先は決まったらしい。ウナの言葉が終わると、周りから歓声が上がった。
「ウナ様、我々はウナ様と共にあります」
ウナがニッと一つ笑顔を見せた。
「タカ、俺は決まったよ。進むべき道が」