【第二部】第48話.脅迫
【第二部】第48話.脅迫
次の日。
穂高と吉野、ウナ、トリィ。そして金剛とみすず。いつの間にか増えに増えたウナの屋敷の住人達と朝食を摂り終えた頃にそれは現れた。
穏やかな空気を切り裂いて部屋に飛び込んできたのは、いつか見たウナの部下だった。彼は肩で息をしながら、「どうしたんだ」と問うウナに近づいて耳打ちをした。
「なに?本当か」
「ハイ」
ウナは和やかな表情から一変して、いつになく真剣な顔を見せる。そのまま、皆に向かって言った。
「俺は今から区役所に出勤するよ。何か用事があったらまた婆やに言付けておいてくれ」
そう言うが早いか、ウナはすぐに上着を羽織って飛び出すように屋敷を出て行った。彼の部下もそれについて消えた。きょとんとした顔で、一部始終を見ていたトリィが口を開いた。
「どうしたんでしょうか」
「まぁ急用なんやろうけど、尋常ではなさそうやな」
「大丈夫でしょうか」
「それはわからへんけど、俺らにできることなんてないわな。とくに嬢ちゃんにできることなんてな」
吉野は笑って続ける。
「果報は寝て待てってな。心配せんでおったらええわ」
「はい……」
座ったままの金剛が言った。
「ところで婆さんはどこだ。茶をもう一杯淹れて貰いたいんだがね」
そういえば婆やの姿が見えない。いつもなら食事の前後では甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼女が、この場を離れているのは珍しい。朝食の食器も机に残ったままだ。
かちゃり、と小さな音を立てて扉が開いた。そこから出てきたのは青い顔をした婆やである。
「おい、婆さん。わるいけど茶のお代わりを……」
「ちょっと待て、様子がおかしい」
穂高は、金剛が自分の欲望に忠実に言葉を発しているのを遮る。二杯目の茶より気になることがある。
「婆や、どうした。何かあったのか?」
彼女は少し震えているようだ。両の手で抱えるように何かを持っている。
「こんな、恐ろしい。渡されたのです」
「どうした、何を渡されたと言うのか。ゆっくりで良いから話してみろ」
「穂高様、穂高様に渡せと。わたしはただ突然渡されただけで……」
「私に?誰かから何かを受け取ったのか」
「渡されたのです。これを、穂高様に渡せと」
婆やがふるえる手で、布切れのようなものと一通の手紙を穂高に差し出した。ずいぶんと黒ずんでいてくたびれた布切れだ。染められているので手ぬぐいか、着物の切れっ端か。
そして、宛名も何もない無造作な手紙。手紙と呼んでいいのかも怪しいものだ。
「ありがとう、確かに受け取った。大丈夫だよ、婆や」
そう言って婆やから受け取った手紙に目を通した。
『本日中にウナの屋敷から退去して、すぐに札幌に帰れ。さもなくば無駄に命を失う者が出る』
そう書いてあった。薄い藁色の紙にそれだけがしっかり墨で書いてある。手紙というよりも怪文書の類である。
くだらない。そう切って捨てるつもりであったが、もう一つの届け物がそれを許さなかった。
どす黒く汚れた布切れ。いやよく見るとこれは血だ。血が乾いて黒くなったものである。何かが包まれているのでそれを開けていく。血が乾いて砕ける音がした。
「……」
中から現れたのは、歯だ。ずいぶん小さい、子どもの歯のようだ。それが二本。そして気が付いた。この布切れの模様は、穂高の息子である明継が着ていた着物と同じであることに。黒い渦が胸中に現れて、穂高の眼球の奥に影を落とした。
「おい。穂高、なんやそれ……」
言いかけて吉野は止まった。穂高の表情を見て、止まらざるを得なかった。
「お前、なんちゅう顔しとるんや。まるで鬼みたいやぞ」
「明継が捕まったらしい」
「明継って、息子かいな。捕まったってどういう……」
そう言いながら、吉野は穂高の持つ布切れへと視線を落とした。
「それが明継のなんか。その切れっ端と歯が」
「おそらくな」
ふん、と一つ息を吐いた。
「それで、どうするんや」
「少し考える」
こんなふざけたことをするのはどこの誰か。やったことに対する責任は取らせる、必ずな。