【第二部】第47話.空手道
【第二部】第47話.空手道
「くく。いかにも、俺は識者と呼ばれることもある」
「何が目的だ」
吉野が近づいたのか、吉野を近づけたのか。何にせよ私の周りに出てきた理由を知りたい。
「目的?もう話したじゃねえか」
「何のことだ」
「俺はただ強くなりてぇ。それだけが望みよ」
グッと握り拳を作ってこちらに見せた。無数の傷痕を残す巨大なそれは、一目見ただけで突出した暴力性を物語っている。
「前世から俺は、強くなるために全ての時間をついやしてきた。十代から武の道に入り、二十代には岩をも砕く肉体を鍛え上げた。三十の時に師に恵まれて、四十を過ぎて技を極めた。六十を回って心の修行に入り、九十を超える頃、ひとつの完成を見た。そうして遂に武の道に光を見るも、その頃には我が肉体は衰え、骨と皮を残すのみになっていた」
この男は、どうやら前世から喧嘩太郎で暮らしていたらしい。
「俺は悔やんだ。この技術がもう少し早く完成していれば。あの頃のあの肉体をもってしてこの技に至ればと。そして、その力が存分にふるえる時代に恵まれていれば」
金剛は広く両の腕を開いて見せた。
「そして気がつけば今世。俺はこの時代に生まれ落ちるという僥倖に巡り合った。全盛の肉体をゼロから作り直せる。そして、あの頃練りに練り上げた技を操れるのだ、他に何を望むのか」
彼はその場で一つ正拳を突いた。
「大きく速く、硬く柔らかに。肉体を作り上げ、技を馴染ませた。環境も良かった。戦争だ、人が人を殴って良しとされる環境。そして殺し合いという究極の実戦。全力を持って全ての技をふるえるのだ。あぁ、前戦争ではずいぶんと良い経験をさせてもらった」
戦争を良い経験と評する男は初めて出会う。戦争なんぞしない方が良いに決まっている、目的を達成するためにしようがなく手段として生まれるのが戦争だ。それを、この男は戦いそのものが目的としてあるというのだ。
「他人より強くなりてえ、強くありてえ。俺が俺としてこの時代に生まれ落ちた理由は知らねえが、貰っちまった命はこれを追求するのに使うだけだ」
金剛は穂高と吉野を交互に見て続ける。
「そこの吉野さんの申し出を受けたのも、そっちについていけば人と喧嘩ができる。たったそれだけの理由だぜ」
「では純粋に腕力だけを追い求めていると。他意はないんだな?」
話ぶりを聞くだけであれば、背景にルシヤや清国の影はなさそうだが。穂高の問いを野暮な質問だととったのか、ケッと一つ吐き捨てるような一言の後、金剛は続けた。
「男がさあ、一生かけて、いや二生、三生かけて追い求めるなんて他に何があるよ。腕力で最強。それ以外に欲しいものなんてねえよ」
「そうか。いや、ありがとう」
まずは敵ではないか。味方でもないが、ただの迷惑な喧嘩好きなのだろう。穂高は心の中の警戒を緩めて言った。
「これは単純に好奇心から尋ねるのだが、そんな大手を振って自分は識者だなどと吹聴して良いのか。その知識、狙うものはいくらでもいるぞ」
「オッ。心配してくれるのかい」
心配なんざしてはいないが、興味はある。
「アァでも心配いらねえよ。例えここにいる全員が俺の敵だったとしても、素手で全員殺してしまいだからなァ」
「ずいぶんな自信だな。まぁ本当にそれだけの力があるのだろう」
「いつでも喧嘩は大歓迎だよ。またやろうね」
「二度とごめんだな」
「お、そうかい?穂高さん。俺の見たところあんたは俺と同類だと思ったけどね」
同類か、この馬鹿やろうにそう思われているのは心外だな。私はなるべく争いなんぞしたくない。
「買い被りすぎだ」
「そうかい。でも今も鉄砲を呑んでるだろ?俺がもしあんたの仲間に危害を加えるつもりで近づいていたなら、あんたはそれで俺を殺す算段だった」
「……」
腹巻に潜ませた拳銃を思い返す。
「いや殺すつもりはねえかもな。でも、必ず撃つ。それで人が死んじまっても目的のためならしようがねえって割り切れる精神さ。俺と同じ匂いがするぜ。喧嘩ならこの金剛辰巳に敵うわけねえが、戦場で出会ったならわからねえな」
「軍人だからな。しかし、たしかにあなたの言う通り、私の心はもう一般からは乖離してしまっているのかもしれん。戦場で会わんことを祈るよ」
「くく。五メートル以内なら、ピストル相手でも俺の勝ちはゆるがんがね」
金剛はニッと笑った。
ピストル相手でも勝てると、大言壮語とも取れるが、この男が言うと真実味があるな。