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【第二部】第43話.休息ノ一日

【第二部】第43話.休息ノ一日



あくる日、穂高はベッドの中で目を覚ました。さっと立ち上がり布団を畳む。道中はまともな宿など望むべくもなかったので、清潔な寝具で眠るということが、どれだけありがたいことか身に染みた。

朝食は婆やが用意した和食だ。ウナの提案もあり、午前中は自治区役所の見学、午後からは街を見て回る事になった。

自治区役所では、簡単な挨拶と共にウナより客人であるという紹介をしてもらった。昨日のような扱いはなく、皆珍しさはあるものの警戒している素振りは見せなかった。

やはりウナの影響力というのは、この地では大きいようである。

そして午後、トリィと一緒に大通りを歩く事にした。驚いた事に、昨日と違って露店などが出て、おおいに賑わいを見せていた。


「昨日は全然人がいなかったのに、同じ通りとは思えないですね」

「そうだな。どの店も、すぐに店を畳んで移動できるように工夫されている。昨日は私達が来たので警戒していたのだろう」


みればやはり、さまざまな人種がごった煮のように存在している。ウナの言うように戸籍が無いものや、本国に居られないような人間の受け皿になっているのだろう。なるほどそう考えれば、他所から来た人間を警戒して隠れるのも合点がいく。


「何か食べるか」

「は、はい」


簡素な作りの屋台に並んでいるのはパンらしきものにクレープのような食べ物、串に刺して焼いた肉など。うどん屋までも並んでいる。どこから入ったのか、食文化も混ざり合って混沌としているのが少し面白い。


上等な服装とはとても言えないが、威勢の良い少年の売り子に穂高は声をかけた。「その丸いパンを二つ」と伝えると、少年は歯の抜けた顔で笑顔を見せると、どちらの貨幣で払うかと問うた。

聞けば、ルシヤか日本のどちらの貨幣を払うのかということだ。自治区では貨幣を製造する能力を持っていないため、表向きは日本円を使うことになっている。しかし、ルシヤの貨幣も流通して通用するために、二つの貨幣が入り混じって使われているのだ。ふと見ると、闇でやっているとしか思えない両替所が通りにはいくつもあった。そこでは清国の貨幣も扱っているらしい。


穂高は日本円で会計を済ませて、丸いパンを二つ受け取った。一つをトリィに渡して、もう一つを口に運んだ。


「お?」

「何か中に入ってますね」


二つに割って見ると、中に何か具が入っている。肉まん、いやピロシキーが一番近いだろうか。揚げていないので油断した。時間が経っているために冷えているものの、じわっとジューシーな具材が口に広がる。


「うまいな」

「はい」

「吉野も来ればよかったのにな」

「そうですね、何かやることがあるからって言ってましたけど」


吉野は自治区役所に残ったままだ、トリィの言うように、何かやる事があるからと外出の誘いを断ったのだ。穂高はパンを一つぺろりとたいらげて、土産にと追加で二つ買った。

ぶらりと歩きながら露店を物色していると、トリィがぼそっとつぶやいた。


「あ、うでたまごがありますね」

「うん、そうだな」

「うでたまご……」


ある屋台に茹でた卵がずらっと並んでいた。日本人的感覚では珍しいように思う。ジッとトリィが穂高の顔を見た。


「ん?」


気づいた穂高がトリィを見ると、彼女はパッと顔を逸らした。顔が赤い、どうやら茹で卵が欲しいらしい、この子は遠慮の塊か。


「茹で卵、好きなのか?」

「えっ、えっと。好きです、けど。好きです」

「食べるか?」

「はい!」


ならばと、店の親父に二つ頼んでみた。一つは鶏卵だが、もう一つはなんの卵かわからない。鶏卵より若干大きい。


「どっちがいい?」

「えっと、こっちで」


トリィが即答で大きい卵を指さした。そちらを渡してやると、満面の笑みで殻を割ってパクッと一口。一口食べて固まった。


「うまいか?」

「……」


トリィの目にじわっと涙が溜まっている。なぜ泣くのか。慌てて穂高が問うた。


「どうした」

「か、からいです」


辛い?どういうことかと、動きのとまったトリィの手から卵を取って一口食べた。


「しょ……しょっぱいなこれは」


塩漬けなのか、そのまま食べるような味付けではない。控えめにいってご飯のお供だろう。もう一つの方の茹で卵を剥いてかじって見ると、こちらは普通だ。親父に同じのをくれと頼んで、トリィにも普通の茹で卵を渡してやった。「ありがとうございます」と言って普通の茹で卵も食べたが、しょっぱい方もちびちびかじって結局全部食べてしまった。


そんなように目新しい露店を食べ歩くのは楽しかった。羽振りよく使っていると思われたのか、後半は煙草や、煙草以外の草まで売りつけてくる人間もいた。それらは追い返した。金のあるところに人が集まるのは世の常だ。


ちなみに土産にしょっぱい卵も買って帰った。吉野に食わせてみると、「辛いわ!」と叫んでいた。吉野でもしょっぱさはわかるらしい。

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