【第二部】第37話.必殺ノ匕首
【第二部】第37話.必殺ノ匕首
二股に分かれた舌。それを見て、明継は蛇みたいだと思った。そんなことを考えている時、そこに怒声が飛んできた。
「おい!待てや兄さん」
「うん?」
明継を吊し上げたまま、蛇のような男は声の方を向いた。明継も頭髪を掴まれた痛みに耐えながら、薄目を開ける。
「何ですかぁ、あなたたちは」
「俺らが何だろうが関係ねえだろうがコラ、坊主を離せ」
声の主は、今日見た赤鬼だった。あの大男二人組だ。
「関係ないか。あなたたちの方が関係ないように思いますね。僕は知人の子供を躾けてるんです、放っておいて貰えますか?」
「そうはいかねえな」
赤鬼達は、腹に呑んでいた匕首をぬるりと抜き放った。蛇男よりも大きな図体で、大きな刃物。しかも二人がかりである。
「ほら手を離せや、わかっとろうが!」
「おら!ぶった斬られる前に……」
そう大声で威嚇しながら二人の赤鬼が詰め寄った瞬間、ひゅぅんと風を切る音がした。アッという間も無く、その一人の首筋にナイフの刃が走る。パッと赤い鮮血が飛び出した。
「おうっ!うおおおおぉ!?」
斬られた男は匕首を放り出して、首筋を押さえながら後ろに倒れた。蛇男は、明継を近くの壁に向かって放り投げる。鈍い音を立てて壁面に叩きつけられた彼は、そのままその場にうずくまった。
「馬鹿ですねぇ。武器は脅すための道具じゃあないんですよ」
そう言いながら、蛇男はもう一人残った赤鬼に向かってナイフを構えた。そのナイフが顔の前でゆらりゆらりと蛇のようにうねっている。一般的な格闘術の構えとはまた違う、独特なそれだ。ナイフの刃を光らせながら言葉を続ける。
「あーあ。せっかく数の有利があったのに、油断するからすぐこれだ」
「このやろう……こんな事をしてどうなるかわかってんだろうな!」
「どうなるか?」
一人残った男は仲間の身を案じながらも、低い声で脅すように告げる。
「警察も黙ってねえし、俺らにも追われる事になるんだよ。お前はもう逃げられねえぞ」
「警察?ハハハ。そんなのが来る時には、ぼくはもう札幌にはいませんよ。それに、あなたに追いかけられることもありませんね」
蛇男はにたりと、唇を歪めた。
「なぜなら、あなたはここで死ぬからね」
その静かな殺意にあてられて、意図せずに男は半歩下がってしまう。それを見咎めた蛇男は、小馬鹿にしたような声で言う。
「ああ、そうか。後ろに向かって走って逃げればひょっとしたら助かるかもネ。この人たちを置いて泣きながら逃げたら、あなた死ななくてすみますよ」
「なんだと?」
その言葉を聞いた男は、もはや逃げられない。そこまで言われて引き下がれる人間であれば、こんな仕事はしていない。
「ぶっ殺してやる!」
匕首を握った男が急に間合いを詰めた。粗暴な言葉使いとは裏腹に、動きは冷静そのものである。敵の顔の前に構えたナイフそのものに目をつけて、持ち手の手首を掻っ切るように匕首を振るった。男も、何度となく死線を潜り抜けてきた強者である。彼我の刃渡りの長さを見切り、敵の手首を刃先で撫で斬る心算である。両断する必要はない。手首のその内側を一寸(3センチ)ばかり開いてやれば、人は箸すら握れなくなるのだ。
さあ斬った。
男がそう思った瞬間、必殺の匕首の刃が空をきった。蛇男の小指と薬指だけでナイフを引っ掛けるが如く脱力した持ち手。その手のひらは何の未練もなくナイフを手放して、匕首の刃を寸前で避けたのだ。
予想だにしなかったその瞬間、男は左の首筋に大きな衝撃を受けた。二、三歩よろめいて膝をつく。ふと首筋に手をやると、どくりと熱い物が抜け出る感触がある。
いつのまにか蛇男は、ナイフを持っていた手と逆の手、その左手にもう一つ、大きな鉄の釘のような刃物を握っていた。
「ああ、狙いは良かったんですけどねぇ」
ごとり。前のめりに大男は腰を折って倒れた。