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第18話.棚牡丹

第18話.棚牡丹



あの試験から数週間が経った。

町には桜の花が咲き始めている。しかし、季節の移り変わりとは裏腹に、いつまで経っても学校から音沙汰は無い。一体どうなっているのか。


そんな環境だが、私も住む寮には入居者がぽつぽつと増えており、賑やかな「学生寮らしさ」を感じるようになってきた。

ただ、他の者に話を聞いても合格不合格の通知はまだ待つように言われている。そのような答えしか返ってはこなかった。


そんなある日の事。


文机で爺様への手紙を書いていると、何やら窓の外から声が聞こえてきた。わあわあと寮の前で下宿している男たちが騒いでいるようだ。


「何事だ」


ギシギシと音を立てながら階段を降りて、寮を出る。そこで見たのはシシだった。イノシシが何やら敷地内で徘徊しているのを、遠目に数名の男達が囲んで見ていた。

その内の一人、丸刈りで体格の良い男が言った。


「おう、穂高。イノシシが迷い込んで来たんだよ。どうしたものかと思ってなぁ」


丸刈りはそう低い声で言った。

イノシシと言うのは、北部雑居地(ここ)にも出るのか。前世の北海道では見たことが無いため、この地には生息しないものだと思いこんでいたが。


「うおわああ!」


噛みつかれそうになった一人が、声を上げて逃げた。件のイノシシは雄であり鋭い牙が生えている。小柄な個体だが、それでも大人一人ひっくり返せるほどの力はあるだろう。


「お、おい穂高(ちび)!お前山から来たんやろ、なんとかせえや!」


先程噛まれそうになった男が言った。どうやら無事だったようだ。


「なんとかしろと言われてもな」


鉄砲も槍もない、丸腰だ。素手で獣に挑む程、私は自惚れていないつもりだ。


「しかし、大通りまで逃げられると事だぞ」


丸刈りが言う通り、確かに怪我人が出るかもしれない。暇にあかして集まった寮の男達が、なんとか捕縛しようと試みるがどうにも難航しているらしい。


出てきたからには放って置くわけにもいかず、近くから建築用の材木を借りる事にする。こんなもので上手くいくと良いが。

二メートル程の丸太材を肩に担いだ。ずしりと肩に食い込む重量感は米俵一俵程はある。


「おい、そんなもの背負ってどうするんだ?」

「ちょっと退いててくれ、危ないぞ」


にわかにイノシシに近づくと、向こうもこちらに正面を向けた。それと同時に、肩に乗せた部分を中心にぐるりと身体ごとひねって丸太を振り回す。ごつりと鈍い音を立てて、やつの鼻と目の間に命中した。

頭部に大きな衝撃を受けたイノシシは足を震わせると、その場に横倒しに倒れた。

わっと男達が沸く。倒れたそれを一目見ようとする男達を手で制する。


「危ないから離れていろ。気を失っているだけだ。すぐ起き上がるかもしれんぞ」


警戒しつつ、一人で小刀(ナイフ)を持って近くに寄る。前脚の間、心臓の近くを走っている大きな血管を小刀(ナイフ)で割く。傷口からどくどくと、真っ赤な血が鼓動を刻んで吹き出した。すぐに絶命するだろう。


「……」


いつしか周りの人間は一言も発さずに、静かにそれを見ていた。


「許可を得てくる」


そう言って立ち上がると、校長のいる事務室へ向かった。校長は理解のある人で、すぐに許可が出た。後片付けさえすれば、解体(ばら)して消費して良いとの事であった。


猪肉は幾日かかけて、寮の皆で食べることにした。七輪で炙ったり、持ち寄りで鍋にしたり。

肉を初めて食べると言う者も居た。初めは難色を示したものの、結局は皆が食った。

味噌を持ってくる者、野菜を持ってくる者。調理する者、それを手伝う者。入学前であるが、不思議と強い連帯感が生まれた。

同じ釜の飯を食うと言うのは、やはり良いものなのだろうな。


面白かったのは、イノシシの睾丸(きんたま)を食わせた時の丸刈りの顔だ。スライスして炙った睾丸(きんたま)を美味い美味いと食うのだが、「これは何処の部位だ」と聞くので答えてやったら真っ赤な顔をして震えておった。

結局それからも食べたようだが、二度と「これはどの部分か」などと聞いてくる事は無かった。

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