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【第二部】第34話.英雄様

【第二部】第34話.英雄様



あれから二つ目の検問を通り過ぎて、さらに三つ目の検問に差し掛かった。以前と同じようにトリィを荷車に隠して、小銃を構える門番に向かって平然と話をする。

三度目ともなると流暢に舌が回るもので、前回は通れたのだからとばかり同じ話を繰り返したのだった。しかし今度は何を言っても聞き入れて貰えずに、検問の男が三人四人と増えていった。


「だから俺らは札幌の商売人や、物を売って歩いてる。今回は自治区と取引がしたくて……」

「黙ってロ!」


以前に増して緊張感がピリピリと伝わってくる。他で何かあったのだろうか。すぐに取り囲まれて銃口を向けられた。両手を上げつつも、視線は左右に油断なく動かして様子を見る。いよいよ旅の終わり、ウナのいる街が近づいて来たところでの足止めだ。


「動くナ、手を上げロ」


有無を言わせずにボディチェックが入る。武器を隠し持っていないかということだろう。彼らは黙ってそれに従った。

穂高の拳銃は荷車の底に隠してある。ひっくり返してあらためない限り、見つかることはないだろう。


「荷物、チェック」


体格の良いリーダー格らしい男がそう言うと、一人の男が荷車に近づいた。「まて」と静止をするも、すぐに銃口を顎の下に突きつけられて、動きを止められる。そうして、一人の男がおもむろに荷台の幌をめくり上げた。そこにあるのは後ろ手に縛られたトリィの姿である。青い顔で怯えたような表情を見せている。


「何だコレは」


男らの間に動揺が広がった。ぐっと吉野の表情が変わった。より黒く、目が据わっている。


「これが俺の商売や」


吉野がそう言った瞬間に、双方に緊張が走った。どれくらいだろうか、しばらくの沈黙の後、リーダー格の男が言った。


「……どこへ連れていくカ?」

「自治区は男余りやと聞いとったんやけどなぁ」

「答えロ!」


どこへいくつもりか、これの返答如何によってはまずい事態になるかもしれん。

穂高は上げたままの両手の手のひらを自然な状態とし、足をわずかに開いた。いつでも飛びかかれる心積りである。小銃を持ったのが四名。引き金は四つ。

彼奴等の一挙手一投足に全神経を集中させて、ことのおこりを見逃さないように心構える。


「どこへと聞かれても、売れるんやったらどこへでも行くわ……ぐっ」


吉野がそう言い終わるが早いか、リーダー格の男は彼のこめかみを銃床でしたたかに打ち付けた。吉野はぐらりと揺らいで片膝をつく。ぱくりと皮膚が裂けて、左の額から血が流れた。

一瞬、穂高と吉野の視線があう。動くかと、そう思った時、吉野が口を開いた。


「待てや、まだ話は終わってへんぞ」


その言葉は検問の男に向けたものか、穂高に向けたものか。吉野はゆっくりと立ち上がり、再びリーダー格の男を見据える。


「オイ、この子供は和人ではないナ」

「見たらわかるやろ、札幌で買い付けた。俺は自治区(こっち)の偉いさんに持っていくつもりや。自治区には皇国の法はとどかへんて、こんな良い商売の機会はあらへんで」

「クソだナ、ハエみたいな商売ダ」

「まあ待てや。便宜をはかってくれたら当然お前さんらにも甘い汁を吸わせたる。ハエどころか蜜を運んでくるミツバチになるで」

「何を運んでくれル?」

「米に酒、女、煙草。なんでもや。質の良い阿片(ケシ)のルートもある」


何事か聞き取れない言葉で男たちが相談している。どう見てもこちらを怪しんでいるが、吉野の提案に心が動いているのも事実のようだ。


「なぁ兄さん。今はほんの手土産やが、煙草(これ)を受け取ってくれや。あんたらは上に黙ってここを通してくれるだけで良いんやで。悪くない取引やと思うけどな」


リーダー格の男はその話を聞いて、吉野とトリィをもう一度交互に見た。彼女はどう見てもただの怯えたルシヤ人の子供だ。やくざな和人に捕まって連れてこられたのだろうと納得したようだ。下を向いて目を瞑るトリィに再び(ほろ)を被せた。そして吉野の差し出した煙草を受け取る。


「オレはアジア人がいいナ。子供は好かん」



……



検問を無事に通りすぎたころ、荷車からベアが顔を出した。


「少し緊張したが、なんとかなったようだな」

「まぁ俺の役者っぷりが良かったんやろ」


はははと笑い声が重なった。


「そういえば、吉野殿は何者なんだ。権力を感じるが公的な地位のある人物ではないのだろう」

「俺は別に、銃後会って組合の長をやってるだけや。そんな偉いさんではないわ」


少し間を置いて、穂高が口を開く。


「吉野は、いや銃後会は札幌に接続している港を押さえているのだ」

「港を押さえる?そんな事ができるものなのか」

「実際には船は入ってくるし、港には停泊するよ。そんなものを阻止する権限など誰も持たんさ」


真剣な顔で話を聞くベアに向かって、「しかし」と続けた。


「港の倉庫と人足(にんそく)に影響力があるんだよ。彼らの殆どが銃後会と繋がっている。もともと戦後に溢れた兵隊の再就職先として港の人足があった。それを強力に取りまとめたのが吉野なのさ」


そう。

戦後、吉野の行動は早かった。札幌にあぶれる若者たちに仕事を与えて、第二の人生を歩ませはじめたのが彼なのだ。真っ当な商売ばかりでなく時折黒い噂も耳には入ってくるが、札幌の治安に対するその功績は大きい。

一部の人間の間ではカリスマ的な存在になりつつある。


「もし船が来ても、荷下ろしの人足もいなけりゃ倉庫も使えないとなったらどうにもならないだろう。だから結局は、誰も彼も銃後会の世話にならざるを得ないんだ。民間の船は殆ど掌握しているだろうな」

「もうやめとけや、前戦争の英雄様にそこまで褒められたら照れるわ」

「……英雄呼ばわりもやめろ」


ほぅ、とベアが一つ息を吐く。


「ずいぶんたいそうな人間らに拾われたようだ。まず運が良かったと言うべきなのだろうな」

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