【第二部】第33話.銀シャリ
【第二部】第33話.銀シャリ
「おはようございます」
寝ぼけ眼でトリィがそう挨拶する。その声で同時に吉野もようやく起き出した
「ああ、おはよう」
爺様婆様と、穂高が挨拶を返した。年寄りの朝は早いのだ。なんだと言っても穂高も前世の記憶を込みで考えたら相当なジジイである。ぱたぱたと慌てて身だしなみを整えるトリィが、なんだか孫のようで可愛らしい。
「いい匂いですね」
「うん。朝飯の準備をしているところだよ」
穂高は手際良く飯を炊き、味噌汁を作っていた。
持参した米と味噌での朝食だ。味噌汁の実の菜っぱは婆様が出してくれたものである。
「わしらにまで米の飯を振る舞ってくれるとは、いやありがたい」
「いえ、それくらいはさせて下さい」
一泊の宿の礼に、老夫婦も食事を共にしてもらった。彼らは普段は米に混ぜ物をした雑穀の粥を啜ることも多く、米だけで炊いた飯は滅多にないといたく感謝されたのだった。
大征ともなれば近代化の波に乗り、都会ではそれこそ金さえ出せば昭和平成なみの食事を取る事ができた。しかしそれは都会の話である。田舎、それもこのような貧しい村々では、江戸時代からの自給自足を絵に描いたような生活が継続されていたのである。
囲炉裏を囲んで、五人が車座になって朝食となった。
「うん、うまい。お前飯炊きの才能あるわ」
「褒め言葉と受け取っておく」
ニヤッとしながら吉野が褒める。それを穂高がさっと躱すのが彼らのいつもの掛け合いである。
「本当に美味いの。ありがたいありがたい」
「ほんに白い飯は久しぶりじゃ」
爺様と婆様が感謝を口にする。
都会には白い米どころか肉でも魚でも溢れている。文明の光から隠れた山の影。維新以降、急激に先進国となった日本には未だこのような格差があった。
そうして皆一様に朝食を食っていると、爺様が語り始めた。
「前の戦争でな、若いルシヤ人がみんな引き上げてな……」
それは昨日と同じ話だった。穂高は一応爺様の方を向くが、吉野は顔も向けない。
「まぁた、お前さんは……」
それにつっこむ婆様も昨日と同じだ。
……
出発の時。
荷物をまとめて準備を整えると、老夫婦は揃って見送りにきた。ただ一晩の交流だが、良い出会いであった。
「おい爺さん。助かったわ、これは謝礼や」
吉野がずいっと何かを手渡した。
「良いのか、お前さんらもまだ旅の道中なんだろうに……」
「ああ。大丈夫や、なんぼか蓄えを積んでるんや。黙って受け取ってくれや」
爺様は少し間を置いたものの、「ありがとう」と細い骨張った指でそれを受け取った。
見送りの姿が見えなくなるまで歩いた時に、つい気になった穂高は吉野に問う。
「ずいぶん喜んでいたようだが。何を渡したんだ」
うんと返事をしながら、吉野は自分の頭を人差し指で一筋かいた。何か恥ずかしがっているような妙な表情である。
「米と酒や。何が良いって爺様らにはそれが一番やろ」
荷車の積荷から、いくらかそれらを分けてやったらしい。
「大盤振る舞いだな」
「ま、下心もあるんや。また帰りも寄るかもしれんやろ?心象を良くしておけば、今度も助けてくれるだろうと思ってよ」
「そうだな」
ニッと笑みで返事をした。