【第二部】第31話.小休止
【第二部】第31話.小休止
「ニタイの民か」そう、ぼそりとつぶやいた声を吉野が拾う。
「昨日の検問のやつらの仲間が、余所者の俺たちを監視してるんやろか?」
「ふん。しかしとって食うつもりなら、すでにそうしているはずだ。攻撃の意図はなく、ただ動向を伺っていると?」
「そりゃ攻撃するつもりなら、まず検問を通さへんわな」
「ああ」
通って良し、そう言っておいて背中を刺すつもりか。いや、そんな周りくどい事はすまい。
「待てよ、検問はクンネ派が勝手に行っているんやろ。ならばウナ派の偵察と考えられへんか?」
「ウナ派だとしたら、俺たちがここにいるとなぜわかる」
今我々がここにいる原因である人間の顔が、ふっと頭に浮かんだ。
「レタルや。先に戻ったレタルの報告を受けて、ウナが偵察を送ったんちゃうか」
吉野も同じ顔を思い出したようだ。その仮説に無理はないように思うが。
「そうだな。しかし、いずれも仮説に過ぎない。全く別の第三者かもしれんし、警戒はすべきだろう」
「せやな。そも友好的な人間やったら姿を隠す必要はないはずや」
「ああ」
どちらにせよ、「ウナに会うために我々がこの地に入った事に興味のある人間がいる」という事だけは確かなようである。
……
昼下がり。
荷車の車輪が、石の間にとられて立ち往生した。前を吉野が引いて、後ろから穂高が押す。ロクに整備もされていない山道であるから、こういう事は何度も起こる。
無事に抜け出した後、地図を見返す。この先に集落があるはずだ。そこで一晩過ごせないか交渉する予定にしていた。
問題がなければ日が傾く前には到着する予定である。昨日の反省として、一日の移動量を無理のないように少なく見積もって予定を決めたのだ。
「小休止にしよう」
そこからしばらく歩を進めたところで休憩を取った。疲労というのは案外わからないもので、表面に現れていない時でもそれは確実に身体の中にはある。
「はぁー」
荷物を投げ出してトリィが地面に座り込んだ。普段はお行儀の良い彼女だが、さすがに歩き通しで疲れている様子だ。
「疲れているな」
「だ、大丈夫です」
「痩せ我慢をして無理を通す事が、必ずしも良いことではないよ」
汗を拭ってこちらを見るトリィに対しニッと笑みを見せて、金平糖を手のひらに乗せてやった。三食の飯は当然だが、それだけに限らずこまめな糖分補給は重要だ。
「吉野はどうだ、問題はないか?」
「あぁ、大丈夫。まぁしんどいけどそれだけや。穂高も座って休めよ、軍隊じゃあないんやから」
立ったままの穂高に対して、へたり込んだまま吉野がそう言った。小休止は兵の調整のためのもので士官が休憩するものではないと教育されてきた身としては、率先して荷を下ろして転がるというのはどうも違和感がある。
「今日は後どれくらいですか?」
背嚢から水筒を取り出して飲みはじめたところでトリィが聞いた。どれくらいというのは、何時間くらい歩くのかということだ。
「このペースなら、そうだな二時間くらいか」
「はぅー、もうちょっとですね」
「今日は早めに休めるようにしよう」
彼女は「はぁ」とも「うぅ」とも取れる中間のうめき声をあげる。歩いて二時間は長いのか短いのか、感じ方はそれぞれだろうが、彼らの認識では大した事のない距離だということだ。
「なぁ穂高、金平糖まだあるんやったら俺にもくれや」
「ああ、いいぞ」
路傍に咲く名も知らぬ小さな花が目に止まる。彼らはぼうっとそれを見ながら、休息を取るのであった。