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【第二部】第28話.幌

【第二部】第28話.幌


検問を守る男が一人持ち場を離れた事で、場の空気は少しだけ緩やかになっていった。突きつけられていた銃口も下されて、煙草を吸う余裕すらある。

吉野は、こう言う時に取り入るのが実に上手い。銃を構える男たちにも煙草を分け与え、共に喫煙を楽しんでいる。

和人で商売人だと名乗る穂高らをそのまま通行させて良いものか、この場だけでは判断できぬようだ。しかし、今すぐにとって食おうと言う心算でも無いらしい。


吉野が、この男らに煙草を持たせたのは良かった。言い方が違えば賄賂であるが、その賄賂も上手く使わなければ効果を発揮しない。

いわゆる金、つまり貨幣を握らせるのは話が早い。貨幣は流通さえしっかりしていれば何でも手に入る。だから袖の下と言えば金だと言うのはそうだ。

しかし、その貨幣経済というのも絶対ではない。時として貨幣が機能しない場所や時代などは存在する。それを発行している国家に信用がない場合や、その機能を持たない場合である。


自治区では独自の通貨を通用させているという話は聞かない。かと言って物々交換で全てを賄う事もすまい。おそらく日本かルシヤもしくは清国のいずれかの通貨を使っている、もしくはいくつかの通貨が混在しているに違いない。

そこで煙草だ。

嗜好品としての価値があり、歴史的に代替通貨として通用していた実績もある。軽くて取り回しが良い。吉野がそこまで考えていたのかはわからないが、感覚的なものだとすると良い嗅覚をしている。こういった場面では頼りになる男である。人に取り入るのが上手いところが民間で成功した所以なのかもしれない。


煙草を吸わない穂高は、喫煙者の集団から少しだけ離れて立って待機していた。それにしても待たされる、ずいぶん時間のかかる事だと立っていると視界の端で何か動いた。

ほとんど首を動かさずに目線だけそちらに送ると、荷車の(ほろ)の端がぱさと揺れた。隙間から覗いたトリィと目が合う。

彼女は涙を堪えた顔でこちらを見ているが、この状況下ではどうしようもない。ともかく隠れよと目だけで合図を送る。しかし、すぐには隠れずに恨めしそうな視線が続いた。

そして数秒、諦めたのかそのまま(ほろ)を戻して隠れていった。


この状況がわからぬわけがあるまい。一体なにを、と考えていたところに使いに出ていた男が帰ってきた。

返答は我々にとって良いものであり、そのまま関所の通行の許可が出た。その上彼らの裁量なのか、荷車の中を改められる事もなく「通ってよし」という事だ。我々は男らに簡単に礼を言って、検問を通過した。



……



「おい、もうええで出てこいや。縛った手は自分で解けるようにしてあるやろ?」


先の検問が見えなくなったころ、吉野があまり目立たぬ声でそう言った。その声を聞くが早いか、荷車から(ほろ)をめくって少女が飛び出した。


「暑いんだよ!蒸し風呂だぞ!」


赤い顔で飛び出てきたベアが不平を漏らした。お日様の下、幌なんぞかぶっていれば確かに暑いだろう。一人用のビニールハウスみたいなものだ。そこに考えが至らなかったのは気の毒なことをした。


「無事通れたんやから、少しは我慢せんかい」

「我慢って、死ぬかもしれんぞ。これは本当に」

「大袈裟なやっちゃな」


ベアの訴えに吉野は耳を貸さない。そこに穂高が助け舟を出す。検問を通れても、熱中症で倒れては意味がない。


「いやしかし。堪えろと言っても限界があるだろう。倒れてしまっては意味がない。なんとかせねばな」

「なんとかって、検問はもう通れたやろ。もう幌をかぶる必要もないんやないか」

「いや、検問は恐らくまだある。一つだけだと考える方が不自然だ。要所にいくつか設置しているだろう」


ふうん。と吉野が考え込む。ベアは自身の襟首を掴んで、はしたなくバサバサと仰いで体温を下げるように努力している。ずいぶんと汗もかいているようなので、水筒の水を差し出した。ベアは小さく頭を下げた後、ぐっぐとすごい勢いで水を飲んだ。


「水が旨い。しかし、またあの地獄の蒸し風呂か、流石に茹っちまうよ」

「うん。せめて朝夕の涼しいタイミングで通過する方が良いだろうな」


ふうんと、上を向いて何か考えていた吉野も話に参加する。


「そうやな、大切な商品をゆでだこにするわけにもいかんわな」

「そうだ。今考えるべきは検問の対策と……」

「今日の宿や」


そうだ。予想以上に検問で時間を取られたために、想定よりも距離が稼げなかった。これでは当てにしていた集落に転がり込む事もできない。つまりは。


「野宿やな」

「野宿だな」

「野宿か」


三つの声が重なった。

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