【第二部】第26話.準備ト出発
【第二部】第26話.準備ト出発
「進一君がそう言うなら必要な事なのだろうね、好きにしたまえ」
「ありがとうございます」
突然の盆休みを取らせよという穂高の申し出を、赤石校長はなにも聞かずに許した。あとの事は、岩木教諭と高尾教諭がなんとかするらしい。両教諭には世話をかけるが、彼らからは協力すると言質を取っている。力を貸して貰う時が来たということだ。
出発は明後日。明日全ての旅準備を整えて、翌日早朝より家を出る事に決めた。トリィとはお別れになる明子と明継には、彼女は親元に帰ると告げる。惜しまれながらも、互いに別れの言葉を交わして挨拶とした。
そうして滞りなく、スムーズに準備は整った。
列車で行けるところまで北上し、そこからは徒歩で自治区内のウナのいる集落を目指す。駅に、ある程度の荷物を吉野が用意しているため、個人で準備するものは多くはない。正体を伏せての訪問で軍服を着用するわけには行かないので、穂高は平服に拳銃だけを懐に忍ばせた装いである。
そして、当日。
希望と期待と、それに不安を乗せた列車は北端の駅に到着した。すでに先に到着していた吉野が、穂高とトリィの姿に気がついて、声をかけた。
「お、来たか。遅かったやんけ」
「決められた線路の上を走る列車といっても色々あるらしい。早い時もあれば遅い時もある。ままならんものだな」
「阿呆、まずは遅れた詫びをせんかい。言い訳はええねん」
「ふん。すまんな、遅くなった」
吉野はニッと笑って、色眼鏡をずらして瞳を見せた。そのまま隣にいるトリィにも話しかける。
「そんなボロ着て行くんか?」
「はい。動きやすいですから」
トリィは、はじめて出会った時のボロを着ていた。まず結構な距離を歩く事になる、綺麗な服などと言ってはいられない旅なのだ。
「それに、買って頂いた新しい服は背嚢に入っていますから。いつでも着替えられます」
「さよか、ほならええわ。結構歩くからな」
ここからウナのいる集落までは、荷車を引いて歩けば四日ほどかかる。まず野営は避けられないだろうが、途中道沿いに軒を借りられそうな屋敷があれば、それに頼ってみるのも良いだろう。
「ならば出発するとしよう」
「おい、俺が音頭をとろうと思っとったのに!」
下らんことに突っかかる吉野を無視する。
自治区までつながる道は一本だけ。それも丁寧に整備された道などではなく、ただ草木が分けられた野の道だ。自治区に用がある人間はすべて、この道を歩いて進むのだ。
「冬でなくて幸いだな。この辺りは雪があると道も何も無くなってしまうだろう」
「やっぱり、北加伊道も雪が降るんですか?」
「降るさ、よく降る」
そういえば、トリィは冬この地をまだ知らんのだったな。
「雪は嫌いか?」
「嫌いとか、好きとか。わからないです。生まれた時からありましたから」
「そうか」
パッと、会話を区切るように吉野の手のひらが我々の前に突き出された。
「話は歩きながらしようや。出発するで」
どうやら出発の合図をどうしても自分が出したいらしい。吉野と共に旅をする。なんだかこの雰囲気、学生に返ったような感じだ。
「わかった。号令を頼む」
「よっしゃ、吉野以下三名。自治区首長の集落まで、出発!」
「「出発!」」
早速一歩踏み出そうとした時、吉野がハタと止まる。
「なぁ、穂高。荷車どうするんや」
「どうするって、人力で牽曳するほかないだろうよ」
「誰がひくんや?」
「私かお前だな。まさかトリィに引かせる訳にいかんだろう」
「ほな交代制やな。で、最初はどっちが引くんや?」
どっちから始めようが、そんなものは大差ない。
「はぁ。どちらでも良い」
「そうかあ、俺もどっちでも良いんやけどな。この荷車用意したのは誰やったかなぁ?」
「……」
吉野は荷車に積まれて幌が(ほろ)かかった荷物を、ポンポンと軽く手で叩く。そのまま視線を穂高に向けた。どうやら最初はお前が牽引しろという意味らしい。
「最初は私が引くよ」
「さよか、悪いな!ほなら改めて……」
「ああ」
スゥっと息を吸い込む。
「「出発!」」
三人の声が揃った。