【第二部】第24話.飴ト煙草
【第二部】第24話.飴ト煙草
演習が終わり、穂高は演習から帰宅したところで吉野に捕まった。「山から帰ってきたところ悪いんやけどな、穂高に客やで」そう言って、有無を言わせずに引っ張られたのだった。吉野の息がかかった料理屋で、人間が四人向かい合うように座っている。男が三人、少女が一人。異色の取り合わせである。
「それで、ウナは面会を中止にしたいと」
「はい。それを伝える為に来ました」
穂高は、「ふん」と返事にならない声を上げると、足を組み直した。目を鋭くして、旅人の顔を眺めている。
「それはそうと、山はどうやったよ?懐かしいわ、銃剣先生と山や」
パッと横から吉野が言った。
「ああ。邪魔が入ったが、まぁあんなものだろう。学生が便所の穴掘るのに失敗して、まるで糞の詰まった落とし穴ができ上がったのは笑えたが」
「はははっ!穴掘りはなぁ。俺も家が商売人だったから、円匙なんて北総ではじめて使ったわ。それを言えば農家の息子の吾妻が器用にやったよな」
「うん。吾妻と言えば、校舎の裏に勝手に畑を作って、なにかしら栽培していたのは驚いたな」
「ああ!高尾教諭に見つかって、ごつい怒られたやつやな。あれは面白かったわ」
ははは、と二人で笑い合う。
「山で穴を掘るというのは、案外難しいものだよ」
「木の根やら、でかい石やら鬼ほど出てくるしな。ああ、あの時は歩くのと穴を掘るのが仕事やったな、毎日歩いて穴を掘ってた記憶があるわ」
「そうだな。私は今でもそんな生活だ」
「穂高はなんも変わらへんな」
穂高と吉野が二人で思い出話に花を咲かせていると、ウナの部下の男は、何が始まっているのかと呆れたような顔をしていた。学生の思い出も良いが、今は片付けねばならない用事がある。穂高は再びそちらに向き直った。
「それで、話はそれだけか」
「え、ああ。そうだ。それを伝える為に来たのだ」
「そうか、どうする?トリィ。いや、ベア」
ベアと呼ばれた少女は、一呼吸置いてからゆっくり口を開いた。
「予定通り、自治区に向かいたい」
そう一言。
彼の立場からすると、この札幌にはルシヤだけでなく清国の手も迫っている。いかに進むのが危険だとしても、このまま立ち止まっては時間の問題だというのだろう。
「そうか。そうだな」
「しかし危険だ。クンネはまるで自分の領地かの如く検問をいくつも構えていて、入ってくる人や物資を監視している」
ウナの部下は、険しい顔で顔を横に振る。
「ところで、ウナの部下の。あぁ名前はなんだったかな」
「わしはレタルという」
「レタルさん。ウナが我々に危険だから来るなといったというが、それが全てか?」
数秒の間があって、レタルは問い返した。
「全てとは?」
「我々に危険があるから、自治区に来るな。というのが全ての理由かと聞いている」
「……もしも万一。日本軍の将校が自治区で何かあった、ということになれば。いや、何かやったという事実ができれば、いよいよ事だ」
「それは、ウナが言ったのか?」
「……」
「はっきり言え」
「わしのような、ウナ様の部下らが情勢を見て判断した。クンネはウナ様の足を引っ張るためにはなんでもする」
穂高は「そうか」と言って自分の顎に手をやった。公務として陸軍大尉が首長に接触することは、今の情勢では油に火を注ぐ事になるかもしれんというのはわかる。そのつもりは無くとも、どう取るかというのは向こうの問題だからだ。日本と連携を取りたいウナ派と、日本から手を切りルシヤや清国に取り入ってまで独立したいクンネ派。
四人の間に、しばらくの沈黙があった。それをはじめに破ったのは吉野だ。
「ならこうしようや。穂高、ちょっと早いけど盆休みをとれや。そんで俺がお前を雇う」
「雇う?」
「ちょうど俺は自治区に商談に行こうと思っとった。俺は銃後会の会長として、一人の商売人として、自治区に手を広げたい。だから首長に商談のために会いにいく。ついでに身を守るために暇な旧友を用心棒に雇ってな」
それだけ良い終わると、吉野は懐から取り出した煙草に火をつけた。一息ついてから、レタルに向かって言った。
「それでなんか問題あるかいな」