【第二部】第22話.尋人
【第二部】第22話.尋人
穂高が三泊四日の演習で山に篭っているころ、札幌の彼の屋敷を一人の男が彼を訪ねていた。日本人離れした風貌の、目鼻立ちのくっきりした男である。ボロを纏い、くたびれた様子のわらじを履いている彼は、屋敷の前で座り込んだ。長旅終えてやっと目的地に着いたものの、屋敷の住人が留守ともあれば、意気も消沈しようというものである。
もう夕刻、力車の通るのも少なくなり人気が薄くなってきた。今日は屋敷の主人は帰って来ぬのだろうか。
そこへ大柄な男が三人やってきて、未だ座ったままの旅人を取り囲んだ。
「おい、この家に何の用事だ」
痩せた旅人は、ふと顔を上げて物怖じもせずに問い返した。
「お前たちは穂高殿を知っているのか?頼む、彼に会わせてくれ」
屈強な男達は、ボロを纏った旅人が囲まれている事を恐れもせずに問い返してきた事を意外に思った。しかし、彼らもそんな事では動じない。
「この家に何の用があるのかと聞いているんだ。さっさと答えねェと……」
柄の悪い男が一人、ぱっと胸をはだけて腹に呑んだ匕首をみせた。青い肌の間から白い鞘が伸びている。
「抜かせんなよ、兄さん。俺らぁあんまり気が長い方じゃねえぞ」
「……」
「おい、なんとか言えや」
男達はドスの効いた声でそう凄んだ。周りを取り囲んでおり、痩せた旅人には逃げ場は無い。しばらくの間を置いて、彼は口を開いた。
「穂高殿に会わせてくれ」
この期に及んでも再びそう言った。
三人の男達はそれぞれ顔を見合わせた。ここまで要領の悪いやつは初めてである。半ば呆れた風な顔が三つ並んだ。しかし匕首まで出しておいて、そうですかとしまう訳にもいかない。
「おい、どうする?」
「どうするも何も、もう連れて行くしかねえな」
男らは旅人の痩せた腕を両側から掴み上げて、無理矢理に立たせた。そこまでいって初めて自分の境遇に気がついたのか、ささやかな抵抗を見せる。
「何だ、やめろ。俺は穂高殿に伝えねばならぬ事がある」
「うるせえよ!黙って来いや!」
二度三度、岩のような拳で殴りつけられて旅人は観念した。己が運命を悟ったものの、自身がどうこうなるというより、役目が果たせなくなることが辛かった。
……
床が抜けそうなあばら屋の、剥き出しの板の間に、あの哀れな旅人は転がされていた。
彼を拐った男らが何度か強引に質問したのだが、そのたびに旅人の身体にあざが増えるだけで何も有益な答えは返って来なかった。
「おい、死にたくなけりゃ何の目的であの屋敷の前で座っていたのか答えろ。穂高という名も知っていただろうが、何故だ」
「……穂高殿に会わせろ。彼に話をする」
何度問うても、帰ってくる答えはこれだけだ。命乞いをする事もなければ、他の答えを返す事もない。まるで鉄でできたカカシに尋問をしているかのようである。
どうしようもなく、どうしたものかとあぐねていると、外から一人の男があばら屋に入って来た。
戸もなければ窓も無い、かわりにむしろがあるだけのボロ屋に似つかぬ清潔な洋服に身を包んだ男である。黒い色眼鏡を外しながら、大きな声とともに入って来た彼は、あの吉野であった。
「なんか収穫があったって?誰やこいつ、ナニモンや?」
「あ、会長!御苦労様です!」
「おう。で、誰なんやこいつ」
今まで大きな態度を取っていた腹に匕首を呑んでいた男が、入ってきた吉野には、まるで犬のように従順に礼をした。
「それが、分からんのです。穂高の屋敷の前で座り込んでおったので連れてきたんですけどね。何も言いよらんのです」
「おう。分からんのに殴ったんか?」
「へぇ、まぁ」
その返事を聞くが早いか、吉野の鉄拳が男の横っ面に飛んだ。ごつんと鈍い音が響く。
「がっ……!?」
「ボケコラ、お前何してるんや!誰かわからんようなやつ殴ってどないすんねん。穂高のツレかも知れんやろうが!」
目を白黒させながら、誘拐犯は言い訳をする。他の二人は小さくなって何も言えない。
「へ、へぇ……わしは良かれと思って」
「お前らはな、いつもすぐに暴力や。それがいかんと俺はいつも言うとるやろうが!頭を使えよアホ!」
思いっきり鉄拳制裁を与えておいて、暴力はいかんと論じる吉野であったが、この場に置いては誰もそれを指摘する事もできなかった。
「お前がなんか分からんのに殴ったちゅうから、俺も分からんけど殴ったんじゃ、文句あるんか!もうええから水となんか食い物こうてこい。腹減ってるやろこいつも」
吉野はそう言うと、水と食料を買うには多すぎる金をさっき殴った男に押し付ける。
「は、はい!」
「お前らもいけや!」
そうけしかけると、三人の男たちは先ほどまでの態度とは一変して、駆け足でどこぞに消えて行った。それを見届けてから、吉野は床に転がっている旅人の横にどかりと座る。
「それで、お前は誰や。穂高の何や?」
そう問うた。