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【第二部】第21話.渓流

【第二部】第21話.渓流



最後の一人が対岸に渡り終わったのを確認して、穂高も荷物を背嚢に纏めて川に入った。足下を足の裏の感触で確かめつつ、ルートを確認する。


山中の川というのは、深さと流れの速さにムラがある。流れの早い部分、深く掘られて水深の深い部分が入り混じっている。

斜面を流れる水は常に真っ直ぐに流れている訳ではなく、川全体が蛇行しているというのがその原因である。

水面の様子を読んで、どこを渡るのが一番安全であるのかを考える必要がある。一歩踏み出すと、足のつかない深みにハマってしまう事もあるし、水流に足を取られて転倒する場合もある。

川の上流は、大きな石や岩がゴロゴロしているのでそこで転倒すれば即事故につながる。


慎重に足を進めていると、横を大柄なルシヤ人の二人が通りすぎていった。ずんずんと大股に進んでいく二人だが、前を進む男が突然足を滑らせて後ろ向きに倒れ込んだ。それを間一髪で後ろの男が支えて止める。


「ウオッ!?」


大きな声を上げつつも、二人とも水中に投げ出されるのは回避できたようだ。「おい、大丈夫か?」と穂高が声をかけるが、彼らは手のひらを上げて大丈夫だとアピールする。


「くそったれ、まるでゴツゴツした岩の上にラードをぶちまけたような感触だ。滑っちまう」


苔が生えた岩などはぬめりがあり、非常に滑りやすい。そのことを表現しているのだろう。一度転倒しかけてからは、非常に慎重になり、ゆっくり一歩づつ歩き始めた。その二人に対して、後ろから声をかけてやる。


「おい。直進すると深みにハマるぞ、二時の方向へゆっくり進め。岩の形状に気をつけろ、鋭利な岩に擦ると足を切る事になる」

「あ、ああ」


彼らにとっては腰ほどもない水深だが、予想以上の流れの速さだったらしい。ある地点以降、牛歩のようなあゆみでジリジリ進んでいく。足を取られそうになりながらも、懸命である。それを後ろから見守りながら、穂高自身もゆっくりと進む。

「足元に何かいるぞ!」などと、かわいらしく騒いでいるのだが、髭面の強面(こわもて)大男が言うのだから可笑しくてしょうがない。


その後も何度か文句を言いながらも、ルシヤの男たちは転倒することなく、対岸に辿り着いた。そのすぐ後に穂高も到着した。ぶつぶつと、二人の男らは文句をいうのが止まらないようだ。


「こんなものは川じゃない。岩ばかりで流れが速すぎる。もはや滝の方が近い」

「しかし日本人(おまえたち)は、こんな特殊な川を渡る訓練をして、どんな意味があるというのだ」


手足を振り、濡れた身体についた水滴を払いながら彼らは質問する。


「ふん。日本の川はヨーロッパの河川に比べて短くて急流でな。この川が特殊というわけではないし、逆を返せばこういった場所で訓練するほかないのだ」

「大陸との地形の差という事か?」

「そう取って頂いて構わない」


渡河前に比べて随分しおらしく質問を投げかけてくる男らを、適当にあしらう。気に食わない男らにまともに返答してやる義理もないしな。

そも川を渡る事自体に意義があるのではない、集団が手順を守って動く事によって、全体が安全に行動できるというのが重要なのだ。自分勝手に動く暴力装置など、そもそも軍隊と呼べるものではない。


「おい、穂高。フンドシを乾かせよ」


遠くから、先に対岸に到着していた岩木教諭の声がかけられた。

学生らは班に分かれて、火を起こして各々身体を乾かしている。中には装備を濡らしてしまったものもいるので、それも同時に乾かすのだ。

ずぶ濡れのまま一日中行動すれば、体力も体温も奪われてしまう。身体を乾燥した状態に保つのは想像以上に重要な事だ。フンドシを岩場に広げて、焚き火の熱で暖める。

人前でフンドシを外すのは良いのだろうか。この辺りは江戸の昔から銭湯文化のある日本人的感覚からすると、特に違和感は無かったりする。

全体は河原から少し上がった場所で半刻ほど休止となった。間食を取るもの、水分補給をするもの様々だ。ただし、川の水をそのまま飲むのだけは禁止としておいた。


「なぜ川の水を飲ませない」と問う岩木教諭には「常に飲用に足る水が流れているとは限りませんから」と答えた。

彼にはそう言ったが、そもそもこの川の水も煮沸せずに飲みたくはない。寄生虫として悪名高いエキノコックスは、史実では大正時代以降に北海道に持ち込まれたものだとされている。しかし、すでに歴史が違っているこの大征では必ずしもそうだとは言えないのだ。

足の指を開いたり閉じたり焚き火に向けて乾かしながら、そんな事を考えていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] エキノコックスって昔はなかったんですか!? 大正からか。知らなかった。 エリンギみたいな名前のくせして結構やっかいなんですよね。
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