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【第二部】第18話.白髭軍医

【第二部】第18話.白髭軍医



白いカーテンに白いベッド。

真っ白い箱の中で、白衣を着た白い人間と軍服の黒い人間が、椅子に腰掛けて向かい合っている。軍服の男は穂高。一方の白衣の男は軍医であり、これまた白い髭を蓄えた年季の入ったそれであった。


「もう塞がっていようが、随分早いの」

「そうですか」


学校の医務室で、先日負傷した上腕の傷の経過を確認していたのであるが、もうすっかりと元どおりになっていた。穂高は、商売柄いくらも生傷を作って帰る事があったが、いつも人より早く治っていた。怪我をし続けると、いつしか身体も慣れるという事なのだろう。上腕の傷を見せ終えると、穂高は静かに身なりを整えた。


「傷の治りも早いし、風邪もひかんときた。背丈にさえ目をつぶれば完璧人間じゃな」


軍医は、穂高の軍服の上から肩を叩きながらそう言った。彼は、穂高が北部方面総合学校(ほくそう)に入学する折に身体検査をした時にも勤めていた古株の一人である。


「身体が小さい分、栄養が良く回るのでしょう」

「ふはは、そうかもしれんの」


ひとしきり笑ったあと、軍医は続けた。


「珍しい傷だ。銃創でもなく、刃物による切り傷でもない。しかし明らかに人の殺傷を目的とした武器による負傷じゃな」

「そうでしょうね」

「しかし他国の者が乗り込んできて、職員にここまでしておいて大事にならんとは」


どこでどの力が働いているものか、把握は誰にもできないのであるが、清国人が三名も容疑者として拘束されながらも、今回の事件が表に出る事はなかった。普段くだらない記事が大好きな新聞すらも、これを取り上げる事はなかったのである。


「詳しく聞かん方が良さそうじゃの」

「恐れ入ります」

「おい。それはそうと、あの話を知っているか」


白髭の医者は、仕事は終わったとばかりの表情で穂高に語りかける。腕は確かだが世間話が好きで、一度捕まると診察が一時間も終わらないと評判の彼である。

「始まったか」と心の中で思いつつも邪険にするわけにもいかず、穂高は相槌を打つ。


「どの話ですか」

「ルシヤの話よ。ルシヤの視察団が、札幌に来るらしいというやつじゃ」


予想に反して、彼の話は興味深かった。


「視察団?いつの話ですか」

「今週にも船が到着するらしいが、知らんのか」

「はい、初耳です」


このタイミングで、ルシヤの視察団というのがこの札幌に来る。ならば用件は想像の通りになるか。そして、わざわざ視察団という体を取るのだから、清国とは別の動きである事は間違い無いだろう。


「ルシヤが札幌に何用でしょうか」

「表向きは雑居地の在留ルシヤ人の視察とかなんとか、そう言うことを聞いたがの。お前さんが知りたいような事は知らんな」

「……そうですか」


穂高は難しい顔をして、目線を自分の握り拳に落とした。その様子を見た軍医の男は、丸い木の椅子に座り直してから言った。


「軍靴の音が聞こえるの、次に露助(ルスケ)とやるときは……」

「もう始まっているのかも知らんですよ」

「始まっている?」

「この五年、表立っての衝突はありませんでしたが、広い意味での戦争はすでに」

「水面の下の戦争か、なるほどの」


国家間の探り合い。

どれだけの識者(ちしき)を保有しているのか、どこまでの技術を実現できているのか。それを牽制しながら探り合っている。

日本も各国と表向きは友好的な立場を取っているが、火のない戦争というのがあるのであればそれはすでに始まっているのだろう。


「ならば表出する頃には、大きく世界が動くじゃろうな」

「はい。この五年で日本も、世界も大きくなりました。前の戦争の比ではないでしょう」

「戦争などしない方が良いに決まっとる」

「しかし、やるからには勝たねばならん。ですね」

「君らには期待しとるよ」


白髭軍医の無責任な期待に、穂高は「はい」と短く返事をした。

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